2015年6月29日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(白の世界で誓う)・・・63

2015.6.29月 曇り 午前6:00
  水戸弁で・・・昨日の日曜は木を伐り、草を取り、トラクターで畑の除草、庭木の伐採だ。
  イラク派遣軍の演習地を抜け、荒れ地の轍を抜け、ソルトレイクの淵に立った。そこは
白の世界であった。湖の見えるものは全部が白で他の色は、湖の周囲の土地のいろだ
けであった。数キロ先までが白であり、何とも異様な感じである。これだけの白を見ると
寒いはずであるが寒く無く、風が強いはずであるが風無く、着込んだ人がいるどころか
誰も見えない。車から降りたって外に出た。白い個体を舐めてみたところ、しょっぱい
のでやはり塩だ。俺には経験の無い白世界と遭遇できたのである。俺には経験の無い
世界であるから興奮を覚えた。俺は経験をしたことが無い世界を旅のお陰で経験でき
た。旅の有難さと偉大さを改めて感じた。この辺に住む人にとっては、当たり前のことで
あるが、遠い日本から来た俺には貴重な経験である。今度の大陸横断では幾多の未経
験を制覇できると思うとワクワクする。未経験をメモしておこうと思った。東洋人の俺には
数々の未経験がある。生きているうちに出来るだけの未経験を制覇してみようと思った。
    思えば、ニューヨークからサンフランシスコまでレンタカーで走破する旅は数々の冒険
ができる旅である。俺はそれを今やっているのだから、「少年のような心を持ち続けよう」
とソルトレイクの淵で誓った。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月28日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(爆発前、爆発後)・・・62

2015.6.28 日  曇天  午後4:30
   水戸弁で・・・日曜日は草取りに追われるのだ、一週間で生えてくるんだ。
   俺はアメリカ陸軍軍用トラックの後ろで前方を睨んで待機した。カメラは何時でも取り
出せるようにしていた。時折、通行止めをしている兵隊が後ろを睨んで、俺を牽制して
くる。俺はポケットから日本の黒飴を出して監視兵に差し出した。「日本のキャンディ」
と言ってみたら、「サンキュー」と言い受け取った。「ボン、スモール」と監視兵ははにか
んだ。3Km先で爆発させるから、車の陰にいろという。そのうちに、大きな音がして
黒煙が垂直に起った。俺は初めて爆弾の地響きと音と立ち煙を見た。戦争なら少なく
とも数十人か数百人が犠牲になる場面だ。あんな物が近くに落ちるか、爆発した
直ちに委縮して、何も出来なくなるだろうと思った。それでもボンスモールとはにかんだ
白人兵の顔がいやに遠慮した顔であったのが気にかかった。俺は彼が軍人としては
小さな爆弾を相手に監視兵を命令されたことを恥ずかしがったのだろうと思った。
そこで、俺は大げさに親指を立てて、監視兵にゴマをすった。終わったから通過して
良いと指示が出たので、車に乗り込んで先に進んだ。ソルトレイクの淵に到達するの
が近くなったことが、周囲の風景から感じられてきた。サボテンみたいない植物と荒れ
た砂地、ペットボトルの残骸などは一本もない荒れ地へ侵入した。先ほどの爆弾の
興奮が覚めてきた時、塩湖の淵に着いた。まるで雪の湖に見えたので、頭の中が北国
にいるような気分になってしまった。明日は塩湖の淵で白を観察したを記載します。
                                        アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月27日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(銃撃された車と爆弾演習中)・・・61

2015.6.27土 小雨 午前6:45
   水戸弁で・・・雨の中をカッパで歩いだ、誰もいなかった、黙々と歩いたら爽快だった。
ソルトレイクシティを明け方に出た。月の砂漠のような土地を走っていた。所々に筑波山
くらいの山が見えた。その山々に行きたいなと思って走っていた。高速からそれた細い
道がそれらの山々に続いていた。ふと道路の標識を見ると、その標識は銃弾で穴が多数
あいていた。日本のテレビ見たことがある穴のあいた道路標識である。アメリカ人は走っ
ている車から標識に向かって射撃練習をするらしい。俄然、冒険心が出てきた。気がつく
と、高速を外れ、その荒れた細道に入っていた。何と、細道を2マイル走っただけで穴の
あいた標識を無数に見た。冒険心が更に疼き、どんどん荒れ地を前に進んだ。宇宙の
月や火星の表面のような土地である。この荒れ地の向こうにソルトレイクの湖があるはず
である。やがて前面に💀マークのある看板が経っていた。車を停め、看板に近づくと何や
ら書いてあった。それは「危険、入るな」更に、但し「演習中は」と訳せた。演習中は入らな
ければ良いのだなと理解した。爆発音や銃撃の音が聞こえないので、俺は大丈夫と思い
更に進んだ。延焼した赤茶色の鉄板になった車が捨てられていた。走っている車を銃撃
する訓練用の車のようだ。数台の赤茶色の車が無造作によ横たわっていた。空の薬きょ
うが散乱していた。道路を軍用トラックが封鎖をしている地点まで入ってしまったようだ。
軍用トラックが道路を封鎖し、数人の軍人が俺を停めた。「どこに行く、目的は」と言われ
た。俺は「ソルトレイク観光、日本人」と答えた。軍人の顔は白やブルーの戦争用化粧
がほどこされ怖かった。「ここにろ、間もなく爆弾を破裂させる」と言われた。俺は好奇心
の塊りとなり、カメラを隠し出した。軍人たちは爆弾の破裂する前方を見ている。その隙
に、シャターチャンスが生じると判断をし、日本人としては大陸横断中の最大のチャンス
と思えた。写真を写して良いのか、軍機密でダメか、俺を捕獲するのか、迷いながら
カメラを後ろに隠して前方を軍人になったつもりで睨んだのである。明日は爆発前から
爆発後までを記します。
                               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月26日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(侘しい夜)・・・60

2015.6.26金 雲り 午前6:50
   水戸弁で・・・1時間歩いだ、数人の馴染と会い挨拶を元気良くした、相手も元気だった。
ソルトレイクシティの夜の食卓は侘しかった。アメリカビスケット類食品で晩酌をやった。頭で
想像したツマミは何もなく、テレビをかけるのも忘れて黙々とビスケット類を口に運んだ。窓か
ら外を見ると、借りたレンタカーまでが悲しそうに俺を見ている。ヘッドライトの二つ目で俺を
慰めているようだ。遠く目をやるとロッキーの山までが俺を慰めているようだ。「糖尿病のお前
は食わなくてラッキーと思え」と言っているように山が見えた。そうだ、食わないのは体に良い
考えるとのだと、病気と闘っているようで小気味良い気分になった。不味いものを食っていて
も楽しくなった。もっと不味いものは無いかと考えたら、爽快な気分の夜になった。ものは
考えようである。どのような環境でも、良い方に考えるべきである。次の世界が広がってくる
のである。淋しい考えに、良い場面は現れないのだ。これからは「どんな不味い環境でも
良い舞台にするために、バカみたいに希望・楽観的になるべきだ」と思った夜だった。
侘しい夜から学べた最高の夜になった。と考え、「グッドナイ、ソルトレイクシティ、
サンキュウソルトナイトシティ」と言葉を変え、眠りについた。
   明日はイラク軍へ派兵している留守部隊の基地へ侵入を記します。
                                            アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月25日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ソルトレイクの夜)・・・59

2015.6.25木 雲り 午前5:40
   水戸弁で・・・昨夜はあづまりで一寸遅くなったぺ、夕飯が食べられたのは9:00だー。
モーテルから徒歩で明かりが点いている方に歩いたら、コンビニがあったので中に入
った。しめしめ、美味いものが食えるかなと一瞬喜んだ。大柄の店員が大きな手で品物
を並べていた。その手に優雅さは全く無く、どちらかと言えば、食欲を落とすような手に
見えた。俺はその店員が触ったと思うような品物は避け、店員から離れた場所で食べ物
を物色した。アメリカらしく、サンドイッチ、チーズ、乾パンみたいな菓子、要するに俺から
見たら非常食売り場のようなコンビニであった。がっかりだ、と思った瞬間、店員が「ハロー
」と声をかけてきた。俺も元気良く「ハロー」と返した。俺はその後の英語が不明だから、
愛想良く笑顔を向けた。心の中はがっかりしている。美味いつまみが無い、俺が持ってい
る酒は日本製の焼酎がメーンであるから、チーズや乾パン等には合わないのだ。俺の
好きなツマミは、イワシなどの小魚を干した物やスルメ等である。これらが無いと分かった
瞬間、飲酒や食欲のかたまりが萎えてしまった。チーズや乾パンを買って、肩を落として
代金を払い店を出た。乾パンを抱え、とぼとぼとモーテルに向かった。途中の人家の明か
りを見て、部屋の中の食卓が嫌でも頭に浮かんでくる。この家の食卓の上には、ジュージュ
ーと油が浮かんでいる肉や魚が溢れているかもしれない。余り物でも良いから恵んでくれ
ないかと考えながら部屋に戻った。何も無いとなると、余計に惨めな考えが浮かんでくる。
力無く夕食の準備を始めた。
                                          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月22日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ロッキーを降りた町)・・・58

2015.6.22月 雲の切れ間から日差し 午前6:00
   水戸弁で・・・歩いだっぺがいつものクオターしか歩かなかったな、昨日は5km歩いだ。
ロッキーを一目散に降りたが、着いた町はソルトレイクシティであった。塩の町やモルモン
教徒で有名な町である。ユタ州の州都の町であるから大きな町である。人口は18万人、
この町の雪質は世界一と言われ、冬季オリンピックも2002年に開催されている。
私にとってこの町は世界一住みにくい町となる。私はこの町では酒を飲んではいけない
と知らされていたので、大変不満な土地を通り過ぎることになってしまった。しかし、
トランクの中にビールとウイスキーが貯蔵されているので、夜半に一人で酒を飲んで
見ようと考えていたので、苦痛の夜にはならないだろうとたかをくくっていた。
    町の中のモーテルは高いので郊外に探したが、宗教色の強い町なので上品なモーテ
ルしか無かった。やむを得ず、マリオットホテルが経営しているモーテルに宿をとった。
カウンターで何食わぬ顔をして酒をバッグに忍ばせて部屋に入った。さて、つまみが無い、
私はつまみが無いと飲めないのだ。買いに出る他ないときめて、歩いて店探しを始めた。
                                     アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月20日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(頂上から降りる)・・・57

2015.6.20土 快晴 午前8:00
   水戸弁で・・・しばらくぶりに晴れだ、今日は何か良いことがあっかな、みどに行くべ。
ロッキーの頂上でひとしきり物思いに耽ってみたが、素晴らしいアイデアは出なかった。
凡人の淋しさを味わいながら、坂を下り始めた。降りる途中の景色はなぜかあまり憶えて
いない。遠くの青空と山の岩肌を交互に見ながら一気に降りた。日本の山間だと数分で
降りてしまうが、さすがロッキーの山は数時間がかかった。人は登る時と降りる時は、
どちらが爽快か考えながら降りた。人は登る時は目標があり、その目標を達成する強い
意思を抱いて登り、達成した時は嬉しい気分になるが、降りる時はその意志の半分程度
の力で降りるようになる。楽々のエネルギーだけしか使わないで降りるから、使ったエネ
ルギーと比例するので、降りる時は爽快感がないのだと思った。要は山の爽快感は使っ
たエネルギーと比例すると思った。そんなことを考えながらロッキー山脈を一気に降りた。
山を下り着いた町はソルトレイクであった。塩の町と言われ白銀の湖を抱いている町
である。何か面白いことを探しに行こうと思った。坂はまだ続いているが、なだらかに
なってきた。もう町は近い、夕飯は美味いものにありつけるかな。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝