2015年6月4日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(夕べのホタル)・・・53

2015.6.4木 快晴 午前5:30
   水戸弁で・・・昨夜はホタルに会いに行ったら、細浦の山間の畦道に3匹が待っていた。
   昨日の続きは、酔いつぶれたようなかたちで寝たベッドから朝起きて、辺りを見回すと
無残な部屋となっています。昨夜の至福と今朝の超労働は帳尻が合うので、あきらめて
部屋の掃除になります。コップの中はアルコールと氷が溶けてしまった形容できないぐに
ゃぐにゃの水、紙皿の上にはアフリカの獰猛な動物がしゃぶりついた後のような肉片骨片、
何百回も口の中に入り噛み砕かれた箸、箸さえ手を付けなかった分からない野菜、口か
手を拭いたテッシュ、おまけにアルコール臭い部屋の中で一人片づけをやります。水類は
部屋の流しへ、肉片骨片はゴミ箱の中へ、箸やテッシュも同じゴミ箱へほおり込みます。
そして、アメリカ人からクレームがつかないように部屋を見回してから、カウンターにさよ
ならのあいさつと鍵を返しに行きます。「サンキュウー・サー」と言い鍵を返します。ゴミ
が凄い件は触れずに、心の中で謝ってからカウンターを離れます。ごみの件で追いかけ
られないうちにエンジンをかけてモーテルを離脱します。モーテルから高速の乗り口は
近い所に必ず有ります。乗り口に乗って高速上の上になったら私の心はホッとした気分
になれます。ここまでは来ないだろうなどとは考えませんが。日本人は小心ですが、近く
の東洋人は平気な場合が多いです。その差は島国か大陸かの差で無いでしょうか。
    明日は中西部から雄大なロッキー山麓からロッキー山脈を越えるを場面を記します。
 
                                    アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月3日水曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(オマハの休日)・・・52

2015.6.3水 曇天 午前6:50
   水戸弁で・・・雲りだっぺ、気持ちが晴れねーな、控えめに行くほかねーな。
スーパーで買い物をした。先ず入口から入って右回りに食品を見ていく。果物や乳製品
が並んでいるが、スパーによっては左回りの所もある。アメリカ人らしく右回りをする人や
左回りをする人がいて自由だ。日本のスーパーの原形はアメリカにあることは間違いな
い。アメリカ最大のスーパーに入ったので、あらゆる食品が並んでいる。私は野菜の
ネギと肉を小量買い、あとは鍋に合うものを適当に買った。油揚げもどきや豆腐もどき
の物も籠にぶち込み、レジでカード支払いをした。アメリカはカード社会であり、小銭も
考えたら断然便利である。レジで働いている人に若い人は少なかった。奥様のパート
を多く見かけた。
   モーテルに戻り鍋料理の準備を始めた。洗面所でネギと肉を適当に刻み、油揚げ
もどきと豆腐を紙皿に盛った。部屋の小テーブルと椅子をテレビの前に移動し、鍋の
電線をテレビの後ろのコンセント口に差し込む。水が沸騰するのを垂涎が溜るのを
我慢して待つ。我慢しきれなくなって冷蔵庫の冷やしたビールを取りに行き、紙コップに
注ぐ、取りあえずの一杯だけと自己確認をして一気に口に流し込む。この瞬間が私の
大陸横断中の休日の始まりです。その一杯から終わりの杯までが、私の大陸旅行から
宇宙旅行までの夢をみることが出来る至福の時間となります。良い気分になったら、
戸外に出て夜空の星や月に明日の旅の安全を祈願します。体が冷えたら部屋に戻り、
思うままにベッドに横たわり、楽しい夢を見るお願いを天に頼んで休みます。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年6月2日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(オマハで骨休め)・・・51

2015.6.2火 快晴 午前7:00
    ニューヨークを出てから5日が経った。初日の夜はクリーブランド近くの超田舎に泊っ
たので村の名前は忘れた。2日目の夜もシカゴの相当手前の田舎に泊った。2日目は
慣れたので中華料理店で夕食とした。幸いに歩いて行かれたので中国の青島ビールと
中華料理のつまみで喉と胃袋を癒した。そこの中国人の主人や奥さんとと話が弾み、
ふらふらになってモーテルに戻った。3日目はシカゴを目指していたので、シカゴの
一寸手前の町に入ったが、コンーボーイ野郎が多く泊っていたので、朝立ちの車の
音で早朝が煩かった。シカゴまで行って町を彷徨った。大型の駅や鉄路がアメリカら
しくて驚愕した。町に入ったら歴史観のある超高層ビルと縦横無尽の道路に見惚れ
我が国の狭い土地の貧相を思い出した。町の中の駐車場で係の少年の10ドルチップ
をやって町の中に徒歩で向かった。背の高い白人の女性が、カバンを小脇に抱え、
凄いスピードでビルに入っていたが、そのビルの外壁の色と彼女の服装の色が絶妙
に合致していた。亡くなったイギリス王女のような雰囲気を道路に残していた。次に
思い出にあるのは、シカゴのビジネスマンの昼食風景であった。私はシカゴの駅ビルに
入り、昼食の場所を探したところ、立ち食いをしているビジネスマンを多く見た。
食べたり飲んだりする時はマナーを重んじるアメリカかなと思ったが、そうでもなかった
場面を見たので安心した。この時以来、アメリカでの私の食事は行儀悪くなったので
あった。4日目はどこに泊った忘れたが、平凡な思い出の無い町であったと思うので、
書くことは出来ない。
    その町を出て、5日目の朝にアメリカ中央のオマハに向かった。そうだ、オマハで
骨休めと一人での反省会をやろうと考え、夕方にスーパーに鍋料理の材料の買い
出しに行った。明日はオマハでの一人の飲み会の思い出を記します。
                                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
  

2015年6月1日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ゴーストハウス探検)・・・50

2015.6.1月 快晴 午前6:40
  水戸弁で・・・今日は歩いだなー、天気も好いし、体調も良かったなー、前に前にいぐ。
   部屋の窓は破れ、ドアは壊れ、天井の一部から青空が覗き、埃が積もり、時折風で
ドアがバタンバタンと悲鳴を発するゴーストハウスに二階があった。階段が目の前に
あり、上がってみようとした。理由は、今までに見たことの無い景色があるかもしれない
と考えた。二階上がる危険性を予測する。放置された死体があるかもしれない、
無法者のアジトになっているかもしれない、毒虫や毒蛇の巣になってるかもしれない、
病原菌の巣かもしれない等と考えた。これらが現実になった時に、防御する武器も
無ければ医薬品もない。アメリカ大陸の横断が目的で危険を楽しむ旅ではない。躊躇
わず階段を上がるのをやめてバックした。外に出たら白人が何かの作業をしていた。
こちらを不思議そうに見ていた白人が、手を休めて手を挙げてくれた。敵対意識は無い
との表示である。こちらも手を挙げて車に乗り、そこをゆっくり立ち去った。こういう場合
はゆっくりが原則である。考えてみれば、ゆっくりの動作は、緊張感を和らげるのかも
しれない。ちょこちょこやスピーデイな動きは、相手の警戒心を高めるかもしれない
と気付いた出来事でした。ゆっくりとした動作で何かの難を逃れたのは、確かな事で
した。そこから平原の荒れ地を走り、インターステイト80に戻ってサンフランシスコに
向かった。あとサンフランシスコまでは2500kmもある。今回の教訓は「深追いは
禁物」でした。
                                       アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
  

2015年5月29日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ゴーストハウス侵入)・・・49

2015.5.29金 曇天 午前4:50
  水戸弁・・・風邪が治んねーだ、くしゃみが連続で出てんだ、大人しくしてっぺ。
   突入した、開いたままのドアから「ハロー、ハロー」と言って中に入った。物音一つ
しないハウスのなかは、静まり返っていた。時々風が屋根を伝わる音がするだけで
ある。ハウスの一部は店になっていたようだ。古い店の機材が散乱していた。ドアの
右手が事務所になっているので、意を決して事務所に入った。事務テーブルの上に
は、吸いかけの煙草が灰皿に横たわり、メモ用紙が散乱し、筆記具なども散らばって
いた。危ない、何かを集中して見ている後ろから、暴漢が来る場合も考えて壁を背に
して全体を見るようにした。今まで事務を執っていた形跡もあるが、誰かが住んでい
るような人の気配は無かった。シーンとした部屋から聞こえる音は無し、人の気配は
全く無し、私はそれでも警戒心を解除しないで、店の部分に移動した。古い冷蔵庫や
埃だらけのテーブル等が散乱していたが、砂漠の中で売っていた冷たいアイスクリー
ムの宣伝が、壁に書き込まれている箇所に目を奪われたのである。その壁に書かれ
たアイスクリームの文字は、熱い砂漠の中で一番の清凉感があったものでした。
思わず暑さを忘れ、更に奥に進んだ。アメリカ大陸の西部を渡る旅人の姿を連想
しながら進んだ。窓のガラスは悪戯か、風で破れたのか分からないがところどころ
が破れている。破れたガラス窓から雲一つない青空が見える。思わず、しばしの間
青空を眺めてしまった。青空に軍用ジエット機が飛行雲を描いて飛んでいた。
上空を忘れ、緊張感を戻して更に中へ進んだ。
                                  アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年5月25日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ゴーストハウス)・・・48

2015.5.25月 快晴 午前6:45
  水戸弁・・・昨日はよー、風で午前中は寝ていたっぺが、夕方から調子が戻ったよ。
  インターステイト80をオマハからシャイアンに向かって走っていた時に砂漠の中に
一軒家が見えた。ハイウエーは高所だったので、そのゴーストハウスは低所に見え
た。私は次の降り口まで車を走らせて、Uターンして反対側の路線にのり、一区間
を戻った。ゴーストハウスが遠くに見える降り口を降りて、その一軒家に向かった。
そこに行く道路は壊れていたので、注意深く小道あるいはブッシュを進んだ。遠巻き
に這うようにしてそこにたどり着き、周囲を念入りに観察しながらドアに向かった。
馬を繋ぐ馬先棒が庭先に立っている。周囲の庭を動物の糞が無いかを見た。建物
はところどころガラスが割れ、入口のドアは開いたまま、時々風で動いている。
庭の草木は何年も手を入れてない、それは砂漠の中のいわくつきの異様な建物に
見え始めた。砂漠の中なので凶悪犯罪に襲われたか、砂漠のなかで病気になり
逃げ出したか、色々な想像力を援用たが、当然にゴーストハウスになった意味は
分からない。
   私の冒険心も高まり、中に入ることを決意した。予想できる危険は住人がいて
侵入者ということで撃たれるか、砂漠の毒蛇の巣になっていて蛇が押し寄せるか、
既にゴーストハウスに死者が横たわっているか、伝染病の菌が蔓延しているか
等々を考えてみた。それでも侵入することにした。生まれて初めて見たゴースト
ハウスを体験したくなったのである。恐怖より興味が優先した私の心理は、ワク
ワク感が入道雲のように満ち溢れてきた。進め、進めと言い聞かせてドアを
押した。明日はそこで見たものを記します。
                        アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年5月24日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ゴーストタウン)・・・47

2015.5.24日 曇天 午前7:00
  水戸弁・・・風邪をひいてんだよ、散歩もブログものっていねんだよ、もう止めべ。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝