2016年7月31日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(散々な目)・・・43

2016.7.31日 快晴 午前6:02 
 5番ロングホールで散々な目に会う羽目になった。250ヤードを残して四打目にな
っているのである。焦る心は最大だ。従って、テークバックも早くなり、ボールは左に
曲がり、グリーンをとらえるどころでない。ブッシュの根元にボールが転がっている。
高い草を入り分けてボールを確認した。額には大汗が湧き出て、目が血走り、
己を怒る、怒り心頭の顔つきになってしまった。ピッチングで50ヤードをのせにかか
った。何も考えずに打った。又してもミスショットである。ボールはブッシュから僅か
に10ヤード先をチョロチョロと転がっただけである。既にグリーンに届く前に5打を
打ってしまっていた。頭の中をチラッと過るのは何打になるだろうかという心配であ
った。このホールは6打でグリーンに乗せて、スリーパットで9打を打ってしまった。
万事休す、アーメン、南無阿弥陀仏、天に見捨てられた、混乱して自分が打った
打数がまともに数えることができない状態となった。肩を落とし、カップからボール
を拾い上げ、手にピンとボールを持って一刻も早く、グリーンから逃げ去りたくなっ
てしまった。我に返り、ピンを戻してフルスピードでグリーンから逃げ去った。
散々、悲惨、泣きっ面にハチ、何度でも言いたくなる5番コースであった。
これは二度と繰り返さないとも誓ったコースでもあった。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

照沼重輝のアメリカ彷徨記(散々な目)・・・43

2016.7.31日 快晴 午前6:02 
 5番ロングホールで散々な目に会う羽目になった。250ヤードを残して四打目になって
いるのである。焦る心は最大だ。従って、テークバックも早くなり、ボールは左に曲がり、
グリーンをとらえるどころでない。ブッシュの根元にボールが転がっている。高い草を入り
分けてボールを確認した。額には大汗が湧き出て、目が血走り、己を怒る、怒り心頭の顔
つきになってしまった。ピッチングで50ヤードをのせにかかった。何も考えずに打った。
又してもミスショットである。ボールはブッシュから僅かに10ヤード先をチョロチョロと転がっ
ただけである。既にグリーンに届く前に5打を打ってしまっていた。頭の中をチラッと過る
のは何打になるだろうかという心配であった。このホールは6打でグリーンに乗せて、
スリーパットで9打を打ってしまった。万事休す、アーメン、南無阿弥陀仏、天に見捨てられ
た、混乱して自分が打った打数がまともに数えることができない状態となった。肩を落とし、
カップからボールを拾い上げ、手にピンとボールを持って一刻も早く、グリーンから逃げ去り
たくなってしまった。我に返り、ピンを戻してフルスピードでグリーンから逃げ去った。
散々、悲惨、泣きっ面にハチ、何度でも言いたくなる5番コースであった。これは二度と繰り
返さないとも誓ったコースであった。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2016年7月30日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(五番ホールの大木)・・・42

2016.7.30土 快晴 午前6:21
 俺は四番ホールをパーで切り抜けられた。グリーンは大きくアンジュレーションがたっぷり
あるホールだった。五番に立ってロングホールを眺めた。フェアウエーは広いが距離もたっぷ
りである。左側にはなんの木か分からないが大樹が無数に茂っている。右側は広いラフが
広がっている。右のラフは危険と思い、やや左側を狙って打った。テイクバックが早く、ボール
は左の大樹群に向かって飛んで行った。早くも心に不安が押し寄せている。ボールの方向に
カートを全速力で進めた。案の定である、ボールはフェアウエーに向かって大樹の後ろに
落ちている。ボールは出すだけであり、確実に一打を失う状況である。ボールの位置に立って
何度も脱出口を探すが、脱出口は見つからない状況である。やむを得ない、フェアウエーの
後方に出す他なかった。俺の心は瀕死の重傷であるが、平然と装い、後方に出して、次が
狙えるポジションにボールを運んだ。距離570ヤードのロングは長い長い。俺は三打目と
なり、次をスプーンで打った。既に心は揺れ動いているので、へなちょこボールになった。
ヨロヨロと飛んだボールはグリーンまで相当な距離を残している。アメリカ人が同情する
ような顔で俺を見ている。俺は焦った、カートをフルスピードでボールに向かって走らせた。
既に四打目に入るが、距離は250ヤードを残している状況である。焦りが幾重にも押し寄せ
ている。俺の心は既に平静心が砕けていた。次回は散々な・・・・。を記します。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

                    木々は揺れ、嵐来襲、心理は同じ状況
 

2016年7月28日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(名誉挽回ホール)・・・41

2016.7.28木 快晴 午前7:03
 梅雨が終わったようだ。朝から青空の一部が雲の合い間から覗けている。気持ちが良い。
名誉挽回とばかりに4番ホールに向かった。距離は425ヤード、アメリカのコースは全部
が長いので難コースになってしまう。油断が出たか白人は右に曲げて深いラフに入った。
黒人はフェアーウエーの真中をキープしたがあたりがいまいちであった。俺はテイーグラン
ドに立って、深く息をのみ込み、ゆっくりとスイングを始めた。ギリギリのゆったり感でクラブ
をトップの高さに持っていってから、自然の力で振り下ろしボールを打った。びっくりである、
力を自然に抜いて打ったボールは一番の飛びで飛んで相当な距離を出したのである。今
思えば、力のいらないスポーツがゴルフだよと先輩にいつも言われていることを思い出す。
アメリカ人が俺のボールを見て「ファイン・ショット」と叫んでくれた。俺は何となくチャンピオ
ンになったつもりでフェアウエーの真中を歩いてボールに向かった。僅かの差で黒人の
ボールを抜いた距離が出ていた。それでも残りの距離がゆうに200ヤードはある。最後の
打順で三番スプーンを出して、載せてやろうと野望を持ち、力が入っていることを忘れて打
った。見事にボールは左の方に反れてグリーンをはづしてしまった。一日天下どころか、
一打天下で終わってしまった。白人はラフから、黒人はフェアーウエーから乗せて、ピン
傍に乗っていた。残念至極。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2016年7月26日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ショートホール)・・・40

2016.7.26火 曇天 午前6:11
 三番のショートホールに移った。打順は白人からで距離は200ヤード、カップは右方面
に切ってあるようだ。グリーンの左はカート道路とブッシュであり、右側は浅いラフである。
白人のボールはややセンター横につけ、黒人は中央にボールをつけた。俺は三番スプー
ンで思い切り力を入れて打った。距離があるコースなので力は自然に入る。力を入れた
ボールは左に曲がりグリーン横にこぼれてしまい、二打目を打ちにくい場所に落ちていた。
白人がボールを移動しても良いよと言っているようだが、侍魂で移動しないでやせ我慢を
してグリーンに上げようとして打った。打ったボールは見事にグリーンの上を転がり、反対
側の浅いラフに転がってしまった。ゴルフはこうなると思考力は半減、身体バランスが崩れ
てしまうことになり、顔は血気帯び、足はヨロヨロ、手は脂汗、目は焦点定まらずの状況
である。正に日本人のゴルフのうろたえかたをアメリカ人に見せているようになってしまっ
た。俺はそれでも笑顔を崩さず、ボールをやっとグリーンにのせて、2オバーのダボで
ホールアウトをした。黒人はボギー、白人はパー、俺は醜態を見せてダボになってしまっ
た。考えることは名誉挽回しかない。いそいそと次のホールに向かったのである。外地で
のゴルフは舞い上がり気味になり乱調を招くのである。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2016年7月25日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(二番ホール)・・・39

2016.7.25月 快晴 午前6:35
 一番ホールは緊張の上でボギーで上がれた。二番ホールに移り、コースを眺める余裕
ができ、順番を待つ間とテーグランドから観察をした。大きな高い木がフェアウエーの左
側に立ち、右に広々としたフェアウエーがあるがミドルバンカーもある。ショートカットは
左側の松の木の上であり、どちらに打つもラッキー性を期待するほかない。俺は最後の
打順に立ち、ゆっくりテイクバックをしてから思い切り一番ウッドを振り下ろした。覚悟を
決めて打っているのでヘッドアップはしないので、ボールは良い弾道が出て木の上を
難なく越していった。アメリカ人2人がグッドショットと声をかけてくれたが、ボールはアメリ
カ人の70%前で止まってしまった。理由を考えると、パワー不足、地面が湿地地帯で
バウンドが稼げないと判断をした。グリーンまで残り220ヤードはある地点だった。アメリ
カ人がスコープを出して残りのヤードを見てから俺にそのヤードを教えてくれた。日本に
このスコープはあるのかと言いたいようであった。俺は第二打目のクラブ三番ウッドを選ん
でからボールの後方に立ち状況判断をした。グリーンは左から右に傾斜が有り、後方は
小高い傾斜を持ち、ピンは真ん中にあるようだと判断をした。アメリカ人二人が無言で
俺を観察している。多少の緊張の上で三番ウッドをテイクバックから振り落とした。三番
ウッドは得意のクラブであるから平常心で打てた。ボールは低飛行から高飛行に移り、
見事にグリーンに落ちていった。ナイスオンの声が聞こえたので、俺は悠々とグリーンに
上っていった。アメリカ人二人もボールがグリーン上にあったので、俺はナイスオンと
賛辞を贈った。俺のボールからカップまでは平たんなコースであるが、距離があったので
バーディは出ずパーで上がった。同じくアメリカ人もパーであった。互いにナイスパーを
連発してより友達になれた瞬間である。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2016年7月23日土曜日

照沼重輝のアメリカ・中国大陸彷徨記(テイ―グランドに立つ)・・・38

2016.7.27土 晴 午前7:27
 俺は「アイ・アム・バタフライ・イン・マイ・ストマック」であった。白人が名乗り、黒人が
名乗り、俺が自己紹介だけは流ちょうな英語で名のったが、打順をどのように決めるか
分からないでいたら、黒人が俺に打てと言う。俺は遠慮して手まねで「どうぞ先に」
と表示をした。それで、黒人、白人、俺という順序で打つことになった。その前に職業
紹介を黒人から先にされたのである。黒人はアメリカ軍人で白人は民間航空のパイロ
ットと言った。俺は貿易商だと自己紹介をしたら、どことどこの貿易だと質問をされたの
で、中国とアメリカだと言った。それでゴルフのオナーが決まり黒人が打ったら、ボール
は右に反れたが、大巾に飛んだ。それでも黒人は舌打ちをした。白人が打ったボール
はドロー系で見事な角度を描いてフェアウエーのど真ん中に落ちた。最後の俺は緊張
してテイーグランドに立ち、真ん中にボールが飛ぶように念じ、ドライバーを振り上げ、
ボールから目を離さずに力を抜いて振り下ろした。スライス系のボールが右の林の
ギリギリ線上に落ち、黒人の打ったボールから70ヤード後方に落ちた。俺は下手だが
ゴルフ歴は長いので、若い彼らのゴルフの進行リズムよりは順調に進む。クラブ選択も
瞬間に判断できる。NO1のホールは420ヤードのミドルで距離がたっぷりあるが、
スムーズに3番ウッドを取り出しワンオンを狙ってボールの後ろに行った。グリーンを
遠くから観察した。左は短い芝で幅が有り、右は大木や深いラフが有り、グリーンの
先はOBとなっていない。外れるならば左であると考え、絶対注意の右を避けた打ち方
をしようと決めてバッグスイングに入った。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝