2015年7月26日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(すがすがしい朝)・・・77

2015.7.26日 快晴 午前6:00
    水戸弁で・・・昨日は叔母の見舞いで横浜に行ったぺ、運転は俺だが疲れねーな。
    侘しい夕食であったが、腹立つこともなく眠りに入れた。翌日は清々しく起きたので、
窓を開けて周囲の景色を楽しめた。東に見えるロッキーの景色は朝日を浴びて光り
輝いていた。ロッキーの峰から朝日が昇り始め、太陽がやっと山を越して昇ってくる。
反対の西のところどころの部分が太陽の光で輝き始めた。南の温暖の景色は、
自分の出番を待つように悠々としている。北の景色は、他の方向の朝のウキウキ
気分を冷ややかに眺めているような険しい景色で俺を迎えた。俺は四方を眺め、穏や
かな気分を維持し、朝のスタートを切ろうとしていた。カウンターに行って、コーヒーを
もらい、自分の部屋に戻り、足をテーブルに投げだして、窓から見える青空を眺めて
コーヒーをちびりちびり飲んだ。いつまでも青空を眺めていたいので、コーヒーが
惜しくてのちびりちびりではなかった。雲一つない青空にジェット戦闘機が一筋の
飛行雲を作って音も無く飛んでいた。
   ふっと我に返り、アメリカ横断のお供をしてくれているシボレーミニバンを見たら、
「早くしろ」と言われているように感じ、俺は荷物を肩に担いで車に向かった。車内は
秋でも熱く、ハードではあるが楽しい一日の始まりを迎えたのである。
                                     アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
    

2015年7月25日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(チョコだけの夕食)・・・76

2015.7.25土 曇  午前6:30
   水戸弁で・・・4Kmを歩いてきたっぺ、汗もかいたが気持ちも良かったな・・・。
モーテルがあった町はど田舎、牛の匂いが漂っている町だ、飯も無ければシャワーも
チョロチョロしか出ないところに泊まってしまった。先ずは、夕食をどうするか考えている
が、この街のコンビニは閉まってしまったようだし、レストランも無いようだし、鞄に残して
あるチョコとウイスキーや焼酎で夕食にするかと決めるほかなかった。
    チョコ数個、二日前に食べ残したピーナツと柿の種で夕食にすることにした。PCを立ち
上げ画面を出し、日本のニュースを見られるようにしたうえで、ウイスキーを薄く割り、
ピーナツとチョコを出して、一粒一粒をゆっくりほおばりながら、ウイスキーで胃袋に
流し込んだ。途中、胃袋に詫びを入れながら、ピーナツや柿の種、飽きるとチョコを
食べ、薄いウイスキーで流し込んだ。何時もなら胃袋にどしどし入る食べ物が、ゆっくり
入ってくるので、胃袋は満腹感を騙されたようだ。妙に腹が一杯になり、不思議な満足感
がおきてきた。
                                             リカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年7月24日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(やっとモーテルに入れたが)・・・75

2015.7.24金 晴 午前6:45
  水戸弁で・・・雨が止んだので運動散歩に出たっぺ、そしたら朝の散歩者が少なかったな。
   山から下りて、暗い夜道を走り、やっと数件のモーテルが見つかった。大きな町ならば
モーテルは数多くあるが、田舎の小さな町だとこじんまりしたモーテルが一二軒あるだけ
である。おまけに夜の9時ころになってしまい、食堂やバーガー屋は一軒も見えなかった。
あーあ、夕飯抜きで泊まるのかなと思ったら、途端に力が抜けて、やっとの思いでモーテル
のフロントにたどり着いた。カウンターに向かい、呼び鈴を鳴らした。その途端、背後から
忍び寄る大きな影が目に入った。しまった熊に襲われると感じ、後ろを振り返った。
その影は熊ではなく、アメリカらしい吠えないでいる大きい狩猟犬であった。
その犬を連れている人は白人の牧童のようであり、猟銃を2丁を小脇に抱え、宿泊希望者
かと思ったら、モーテルの経営者であった。私を驚かせたことを、しきりに謝っているようだ
った。宿泊手続きを終えて部屋に入り、バスタブに湯を入れ始め、夕食の取り方を考えた。
食堂レストランの類は無し、コンビニも無し、携帯食料は尽きている。腹を減ったままで朝ま
で過ごすか、隣町まで食品を買いに行くか、どちらにも決心できないままで旅行鞄をまさぐ
り始めた。
                                              アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
  

2015年7月21日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(山また山その奥にまた山)・・・74

2015.7.21火 快晴 午前7:00
  水戸弁で・・・休み明けの散歩運動は疲れっぺ、だが、俺は散歩に出たんだ。
   山の中のガスステーションで油を満タンにして、カードで金を払おうとしたら、現金に
しろと言われ、現金で払った。彼らはカードをやっていたので、現金が欲しかったのかな
と思ったが、どうでも良いので「サンキュー」と言って山を降り始めた。
   くねくねとした道路を降りながら、時折、駐車ペースに車を止めて、遠くの景色を眺めた。
目の前の山の後ろに山、そのまた奥に山が見えた。アメリカ大陸の高いところからの眺
めは最高だ。高いところからの眺望を見ていると、鳥になって空を飛べるような気がして
きた。思い切りジャンプ、一気に上昇気流に乗り、青空に泳げればいいなと思った。
ハッと気を取り直して元の道に戻り、山を降り進んだ。バックミラーに山の上が写る、
その景色がどんどん遠くなり、小さくなって行く。それに従って、山の裾が近くなってくる。
ガスは満タン、今度は俺の腹のガソリンが乏しくなってきた。夕暮れから夜の間に写った。
窓を開けると、と遠くから牛の鳴き声が聞こえてきた。「モー、モー」沢山の牛の鳴き声が
聞こえてくる。暗闇に目を見張ると、大木の下に沢山の牛がいる。あと少しで、宿と夕食
にありつけると思うと元気が出てきた。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年7月20日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(給油所の狩猟者)・・・73

2015.7.20月 快晴 午前6:00
  水戸弁で・・・朝の散歩運動は中止にした、理由は、気が進まなかっただけだよ。
  オレゴン州の片田舎の工事現場で黒人にガスステーションを教わったので、その
方向に一目散に山を下りた。ガスが無いので、アクセルは殆ど踏まないで山を下
った。40Kmは降りただろうか、ガスステーションとは言えないような店があった。
ジーゼル油とガスの計器が2台だけある店である。その店の背景は高い山で店の
前の道路は砂利道、左右の空き地は深い蛇でも出そうな草むらである。何とも頼り
にならないようなガスステーションであった。誰もいない、計器のガラス窓は割れて
いた。本当に油が入っているのだろうか。背筋がゾーッとし、悪い予感がした。
良い予感は当たらないが、悪い予感は当たることを思い出した。そのガスステーシ
ョンには店舗が後ろにあった。店舗内に入る前に大声で「ハロー、ハロー」を繰り返
した。相手に人が入ってきたことを知らせるシグナルである。
   「カムイン」とだみ声が聞こえた。安全を確かめ中に入った途端、六つの大男の青い
目がこちらを向いた。ウイスキー瓶が立ち、その傍らに熊が2匹、鹿が数匹横たわっ
ていた。彼等は狩猟を終えて、互いの獲物を見せあっているようだ。俺は獲物に近づ
いて親指を立てて、彼らの獲物に称賛を唱えた。獲物に称賛を唱えるのは、ハンター
のマナーかなと考えたからである。すかさず、狩猟者達から「サンキュー」の言葉が
返ってきたのであった。彼らの顔はウイスキーで赤くなっていたが、こちらの顔は
若干の恐怖で青くなっていたと思う。なぜなら、狩猟者、数丁の猟銃、ウイスキー瓶、
いたずらがなんぼでも出来る場面だったからである。
                                       アメリカ・中国馬賊隊・・・照沼重輝

2015年7月19日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(なんと遠い山)・・・72

2015.7.19日 快晴 午前6:10
  水戸弁で・・・4Kmの散歩で最初に出会った人は犬を連れていた、最後は太った奥様。
  遠くに見えた筑波山のような山に里心を出して向かったが、途中で道を迷い、その山は
どんどん遠くになってしまった。二股道路で右に行くべきを左に向かってしまったのが、
ミスでした。ここで日本的に考えて近いと思ったのが間違いであった。車はオレゴン州と
ネバダ州の州境の峰を横切り、オレゴン州の人家の無い田舎道を北上していた。遠くに
見えるは、オレゴン州の一寸した山脈、近くに見えるは人がいない原野だけである。
山間の夕暮れは早い、あっという間に太陽がおちてきた。心細くなってきた、ガソリンは
ないが食べ物はあるので極度の心配までは至らない。ガソリンの残量と走行可能距離を
計算した。あと50Kmは走れるが、ここはアメリカだ。100Kmは何もないのが普通だ
から、運が悪かったらガス欠で野宿になり、運が良かったら車に鱈腹油を食べさせられる。
くねくねの坂を登ったら、人家が一軒あったので、一寸安心した。何やら大工工事をしてい
る黒人がいた。車を降りて尋ねる。「ガスステイションはあるかね」彼は指をさして「バック
しろ」と叫んだ。「距離は」と再質問をした。「30マイル」と答えてくれた。やや安心するも
ガソリン残量と走行可能距離が等しい。「ゴールドラン」の町名を急に思い出した。
もしかすると、ラッキー又はアンラッキーどっちに出るかを試したくなった。坂を下ろう、
いま来た道を戻ろうと決心してUターンをして、坂を下り始めた。ぎりぎりの選択だから
スリルがある。それに、下りはガスをあまり使わないで走行できる。ためらいのない決心
は、鬼神も排除できる思い出した。それにしても、筑波山の山にお目にかかれないばか
りか、とんでもないオレゴン州の山に迷い込んでしまった。人家が懐かしくなり始めた
心境で坂を降り始めている。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2015年7月17日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(筑波山のような山)・・・71

2915.7.17金 快晴 午前6:50
  水戸弁で・・・台風が四国に上陸したようだっぺ、こっちにはこねーな、いつもだっぺ。
   ハンドルを左に切ったのが間違いで、右に切らなくてはならなかった。この二分の一
のミスが一日の無駄無謀な時間になってしまった。道路が舗装されていたので安心
して進んだ。とにかく真っすぐで山間に消えていく道路であったから、いつかはどこか
の町に行くんだろうと安心して進んだ。道路の周りの景色は、西部劇で見たブッシュと
砂と岩石の地面である。インディアンやバッファローが砂埃を立てて突進してきそうな
景色である。10月でも道路から陽炎が立っているので外は熱いようだ。
   半日も進んだ頃、やっと一台の郵便車と出会った。そういえば、しばらく他の車と出会
っていない、それほど過疎地域に入ってしまったのかなと気がついた。そして、俺はのん
き者だなとも気がついた。日本で半日も車と会わないと何だろうと思うが、アメリカでは
あまり不思議に思わないで、大陸的な気持ちになってしまうのだ。思わず我に返り、
ガソリンメーターを見た。残量が極めて少なくなっていた。ナビでガソリンスタンドを
探したが、アメリカのレンタカーの旧式ナビは、そんなに親切でなかった。俺は脂汗を
浮かべて、ガソリンの節約走行をしながら登り坂や下り坂を進んだ。メーターは赤ランプ
が点く直前のようだ。益々そわそわびくびく心になってきた。周囲を観察すると、右側が
登れないような崖が切り立った高い山、左が深い崖下であり、とても安らげる地点では
ない。益々淋しいところに入り込んでしまったようだ。今までにガス欠は一回だけある。
若い頃、国道6号線の石名坂でガス欠にあった。友人たちと夜遊びの帰りである。
悪いことを思い出してしまった。地図とナビと西日を照らし合わせ、位置を確かめながら
前に進むほかなかった。
                                         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝