2017年1月7日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(軍隊実験)・・・18

2017.1.7土 快晴 午前7:10
 IN80号線を西へ西へ向かって走ろうとした矢先、広大な砂漠とソルトレイク湖畔に
入る道を発見してしまった。私は好奇心からその道を辿った。数百メーターを走ると、
💀のマークに何やら書かれた看板が立っていた。車を停めて良く読んでみると、軍隊
名で作戦中は通れません、というようなことが書かれていた。友人は辞めようと言い、
私は作戦中で無ければ入れるんだよと言い、「さあ、行こう」と言って車を走らせた。
確かに周辺は、アメリカ軍の砂漠の演習地には最適なような土地柄であった。
少し行くと、軍の大型トラックが道路を塞いでいた。私たちは車を停められ、軍人が
「どこまで行く、ここで終わるまで待て」と言う。私たちは軍の車の後ろで何が起こるの
かを待つことにした。若い軍人が「小さな爆弾実験をする」と言う。これは面白い、
恰好のアメリカ写真を撮れると思い、小型カメラをスーッと出し、何時でもシャッターを
切れるようにして、音も立てないで待っていた。3km先くらいに動きがあり、何かを
仕掛けたバイクが、こちらに向かって逃げ帰るように吹っ飛んできた。数分後の
巨大な煙幕と爆音が聞こえた。初めて見る爆弾の煙幕と破裂音は、私にとっては
人間を終わりにさせる嫌な音にしか聞こえなかったが、軍人ははにかみながら
「スモールスモール」と言って、私たちに詫びるような仕草をしたのであった。なるほど、
大きな爆弾ならば胸を張っていられるが、小さな爆弾の実験で私たちの通路を塞いだ
行為は、若い軍人たちにとっては、勇ましい行為ではないのだろうと考え、ソルトレイク
の湖畔まで進むことにした。次回は、ハチの巣銃弾跡車と塩の湖畔を記します。
           アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月6日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ソルトレイク)・・・17

2017.1.6金 曇天 午前6:34
 ソルトレイクの町を出て、IN80号線に乗りしばらく走ると、道路の周辺に塩らしきもの
が見え始めた。それだけでなく塩を精製するプラントも所々に現れた。櫓やベルトコン
ベアーが忙しく動き始めている。ベルトコンベアーの下には、真っ白な塩の山が蓄積
されている。町を出た時点では、塩の欠片は所々であったが、だんだん多くなり、暫く
走ると、辺り一面が雪のように真っ白になってきた。道路は一直線がずーっと続き、
何処までも真っ直ぐであった。道路の寄せ幅の広いところに停まり、塩の感触を確か
めたくなり、車を寄せて停めた。道路のそばの塩は排ガスで汚れていたので、興ざめ
したので、早々に車に帰った。更に、車を走らせると巨大な塩湖が現れた。向かって
右側にソルトレイクの本体が現れ、その大きな空き地が駐車場と休息所になってい
たので車を乗り入れた。車を降りて塩湖の上を歩きたくなり、友人二人と湖の中に足
を入れた。恐る恐る足を出し、更に奥に歩いた。良く見ると、タイヤの跡や多数の人々
の足跡が見えたので、湖中に落下することは無いなと安心をした。湖の上が安全と
分かり、もっともっと奥地に進み、駆け足をしたり、飛び跳ねたり、尖った物で塩を抉っ
たりしてみた。何かのニュースで見たが、この湖の上で自動車のスピードレースの
大会も行われたりしていることを思い出した。ソルトレイクの沈没事故等のニュース等も
聞いたことが無い。安全は大丈夫、景色は美しい、ふっと観光客の気分になり、近くや
遠くを十分眺めることができた。辺り一面、真っ白、雪の中で遊んでいる気分になって
しまった。妙な気分であり、このまま錯綜気分になったら、大変と思い友人に帰ろう
と叫び、車に戻った。
次は、爆弾の実験を見てしまったを記します。
               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月5日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ユタ州)・・・16

2017.1.5木 快晴 午前6:41
 昨夜はララミー市に泊まり、朝早く次のユタ州のソルトレイクを目指した。途中の景色は
山野が主であった。大木の中を走ったり、石壁の中であったり、坂を上がり坂を下る等、
山間を走って来た。昇り坂を上がるのが多かったような気がしたが、6時間前後を走ったら、
下りが多くなった。冬季オリンピックが数年前に開催されたソルトレイクが近くなったと感じた。
 私のソルトレイクの知識は、塩の町か巨大な塩湖や菜食主義のモルモン教だけである。
山間の町なのでチマチマなのかと思ったが、それなりに立派な整然とした町のようであった。
宗教の町と思いきや、アメリカの普通の町と変わらない町であった。この宗教は厳しいので
酒は飲めない町と考えたから、何となく身震いするか緊張感を持ってしまう町である。
モーテルを探しは、安めのモーテルが見つからないのでマリオットホテルチエーンのモーテ
ルを取った。夕食はレストランを考えたが、菜食主義の町ならば美味いものは無いだろうと
思い、モーテル隣のコンビニに行き、夕食を漁った。しかし、ロクなものは無く、牛乳とホット
ドッグ、チーズ等を買い部屋ですませた。これでは明日のエネルギーがたまるだろうか等と
思いながら食べた。日本人は押し付けられる宗教は合わないのであるとも思ったのであった。
次回はソルトレイクを走るを記します。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月4日水曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(夜空)・・・15

2017.1.4水 快晴 午前3:54
 ララミー市のモーテルに泊まっている。寝付かれずに宵の夜空を眺めようとした。
ララミーという町は私の幼少の頃に想い出がある。テレビ映画のララミー牧場であり、
登場人物のお2人の活劇には胸がスカッとした記憶が鮮明にある。西部の悪人やインデ
アンとの闘いを演じたものであった。秋のヒヤリとする外の空気を吸い、遠くのロッキー山脈
の方を見た。黒々とした山の頂上や裾野からインデアンが喚きながら、馬に乗って駆け落ち
てくる場面を思い出してみた。当時の牧場経営の困難や、命を懸けた田舎の生活ぶりを
想像した。広すぎる牧場敷地、水の無い土地、生活物資の乏しい生活、ギラギラ輝く昼間の
太陽、体力の限界を彷徨う労働、家を守る西部夫人や家族の過酷な生活環境等、どれを
取っても開拓者魂が無ければできない生活はできなかったであろうと想像できた。再度、
周囲を眺め直したら、より周囲の景色が分かった。それはララミー市はロッキー山脈又は
その部類に属する山々に囲まれた土地であり、町は小さいほうに属する町であり、直ぐ
近くを高速が走り、一晩中エンジン音が聞こえるところであった。寒くなったので、部屋に
引き上げ、夕食に出かけた。中華料理店に歩いて行き、青島ビールを飲み、華人グループ
と諸々の話ができた。アメリカに住む華人の逞しい生活ぶりの一端が覗けたりもした。
 明け方暗いうちに町へ散歩に出た。暗闇を歩いてくる大男に会ったが、特に危険性が
無く、グッドモーニングの挨拶ですれ違った。途中、繁華街の町にも入り、昨夜のゴミ捨ての
現場を見て、繁華街の状況を想像しながらモーテルに戻り、出発の準備にかかった。
明日はユタ州ソルトレイクまで行くつもりであるから、1000km近くを走ることになる。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月3日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ララミー)・・・14

2017.1.3水 快晴 午前6:35
  昨日はアメリカの約中心地のオマハに泊まり、今日は次の州のワイオミングに向けて走っ
ている。ロッキー山脈の麓であるように景色が出てきた。道路はくねくねと曲がり、急な坂道
があり、時おり出てくる山々の山頂に風力発電装置の風車が数えきれないほど見え、山肌
が赤くそびえている。トイレをもよおしたので、その坂道の一角で用をたしたが、風が強くて
大変な用足しとなった。風の強い一角に暫く佇んでみたが数分ほどいるのが辛く、早々に
車の中に退避して、車を更に上に走らせながら、昔見たララミー牧場という映画の一コマを
思い浮かべ、もしインデアンが出てくるならば、あの岩山の陰か、それともあの草原の草の
間からだろうなどと想っていた。夕方になったのでハット我に返り、今夜の宿探しを始めた。
山間の町があったので、高速を降りモーテルを探したら、中級モーテルがあったので車を
いれたら、何とそこの地が子供の頃に見たララミー市であった。ここがララミー市ならば
昼夜にわたる全ての景色を見つくそうと考え、その準備の思索を始めたのである。昼夜
のロッキー山脈の景色を眺めてやることに決めた。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月2日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(リンカーン)・・・13

2017.1.2火 快晴? 午前1:29
 ミシシッピーを渡り終えた途端、リンカーンという地名の町に入った。何やら有名な大統領の
リンカーンと関係があるかもしれないと思い、高速を降りてその町に行くことにした。アメリカに
来て初めて住宅地内に車を入れた。碁盤の目のように整然と道路が走り、アメリカらしい住宅
が見えてきた。その中でも一棟だけが大きく高い建物があったので、そこを目標に向かって
行った。確かに大統領のリンカーンに纏わる建物のようである。しかし、観光客が全然いない、
リンカーンの生誕地なのか、青年時代にいた町なのか、皆目わからなったが、その施設の
周囲を歩いてみた。煉瓦作りの立派な建物であり、紛れもなく、リンカーンの記念館のようで
あった。私はその施設の用地の周囲を歩きながらリンカーンのことを思い浮かべていた。
「人民の人民による人民のためための政治」は有名な言葉である。日本でもリンカーンの
偉大さの教育を受けているのだから、ここアメリカでは絶対的に有名な政治家であろうと思っ
た。それにしては、一地方のやや小さすぎる建物である。想像すれば、多分に幼少の頃に
いた町か、一時住んでいた町か、職に就いていたころの町か等を考えたが、分からないので
早めに退散をした。州間高速道路IN80に戻り、次の州ワイオミングを目指したのである。
相変わらず、山、谷、畑等を見ながら走っている終日であった。
                    アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月1日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(中心地)・・・12

2017.1.1日 快晴 午前5:18
 今日は元旦、又しても年を一つ取ってしまった。昨年は悔しいことを今年は挽回したい。
アメリカを横断中にオマハという町がほぼ横の真ん中に位置する町であることを知った。
そこで泊まることにし、夕食をスーパーへ買い出しに行った。駐車場に車を置いて、店に
入ろうとし、横断歩道でないところに立っていたら、老人の運転する車が停まり、運転席
で手を挙げどうぞという仕草で優しく、渡ることをOKしてくれた。これぞアメリカの神髄な
る精神と感じた。スーパーの中でも店員から、優しい眼差しで私たちの買い物の手助け
を感じた。アメリカ大陸の横断開始から五日目の日である。優しいアメリカを感じ、うれし
くなり、私たちの心はアメリカ人の心に感動をし始めていた。夕食を買い、モーテルの泊り、
部屋で夕食をとった。アメリカ人の夕食と同じものであり、私達日本人のは到底合わな
が、昼間の嬉しい経験を論じながらの夕食で有ったから満足感は得られた。夜半に目を
覚まし、窓越しから夜空を眺めて郷里のことを思い出してしまったのであった。夜空には
大きな月と無数の星がキラキラ輝いていました。そう言えばアメリカの国旗にも星が散り
ばめられているな。何を意味するのかな。私は無知で分からないのである。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝