2014年8月8日金曜日

2014年までのアメリカ(サンフランシスコ~)・・・149

2014.8.8金  曇り 午前6:30
  サンフランシスコには都合6回行った。中国華僑が空港までベンツで迎えに来た。初めてなので戸惑った滞在であったが、サンデイゴまで行けた。2回目はアメリカ横断の最終地点として3日間滞在した。初めてゴールデンゲートの上で景観を楽しんだ。3回目はアメリカ縦断の最終地点として立ち寄った。有名大学に行って学生の町を見てみた。またしてもゴールデンゲートに行った。
4回目はシカゴのロータリークラブの帰りに立ち寄り、町を一寸観光した。5回目はサクラメントからの帰りに立ち寄り、最低のモーテルに泊まった。風で高熱を出し寝込んだモーテルであった。6回目はアメリカV字横断の最終地点であった。都合6回のサンフランシスコでこの町の通になった。
   最後の6回目は、ニューヨーク~ワシントン~アーカンソー~ダラス~アルバカキー~セドナ~
ロス~サンタモニカ~モントレー半島のべブルビーチ~サンフランシスコを回った時でしたが、一番
思い出が深く残っています。明日はこの移動中の思い出を記します。
                                                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
ぺブルビーチ海岸・高級別荘

2014年8月7日木曜日

2014年までの中国(厦門のホテルからの眺望)・・・148

2014.8.7 木  快晴  午前6:30
  泊まったホテルは港の真ん前で中級のホテルであったが、対岸にコロンス島が見え、場所は最高でした。遠くに大型船がタグボートに引かれて悠々と移動をしている。空には大きなカモメが
餌を探して、海面すれすれに飛んでいる。時折、狙われていることを知らない小魚が跳ねている。
対岸の椰子の木はゆらゆらと風にそよぎ、コロンス島内で働いている人々はのんびりと働くように
見える。フェリーだけが忙しく往復を繰り返し、スクリューの波を絶え間なく作り出している。
  私ものんびりとホテルの窓を開けテラスに出る。潮風の匂いと南国特有の香りが一気に鼻に入る。思わず、空を見上げ明日は上海に帰ることを思い出す。南国の空気と香りは今日まで、あと一日いようかな等と無理なことを考える。目の前の空を真っ白なカモメが飛んで行った。ハッと我に帰り、日本の事が頭の中を過った。日本に帰ることも悪くないなと心の中が騒いだ。再見、再見と
海に向かって、サヨナラの挨拶をした。明日は機上の人になる。
    明日からはアメリカの滞在記を記します。
                                          アメリカ.中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2014年8月6日水曜日

2014年までの中国(厦門の町の光景)・・・147

2014.8.6 水  快晴 午前6:40
  厦門の町並みは異国情緒豊かである。ヨーロッパ風の瓦屋根と壁の白さが忘れない町である。沿道には椰子の木が植えられていて、手い入れも十分である。時折、ソテツの木も目に入る。空は
あくまで真っ青、海岸の白砂は眩しく、紺碧の海水は透き通っていて、海鳥の鳴き声も南の陽気さを含んでいた。空港内やビルの床は御影石張りで豪華であり、通り一辺を見渡しただけで豊かな
町と分かる。アメリカ並みの高速道路やその降り口のループの見事さ等が更に豊かさに輪をかけ
ています。
   夜の飲食店の賑わいは完全な繁栄の証です。豪華なお店の中は、豪華な器や着飾った姉さん方が、最高級の料理を並べて、目食を楽しんでいます。テーブルに並ぶ酒は、どこかのワインや
高級中国酒でしょう。ほとんどのボトルは飲みつくされていません。封を切っただけのようです。
料理も沢山残されています。このような方々のテーブルは役人か富裕層の方々です。その方々は店を出た途端、最も近い場所に運転士付きのベンツかそれ以上の高級車が待っていてくれます。
私もその方々に等しい富裕層の友人がいますので、マイバッファで飲食店を後にしたことがありました。それは広東の話ですが、それ以来1年間ほどベンツ等の高級車には乗っていません。庶民代表の私です。
                                          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2014年8月5日火曜日

2014年までの中国(厦門の採石現場の思い出)・・・146

2016.8.5火 快晴 午前6:20
  厦門の採石現場山に行った。厦門の採石方法は平地から下に掘っていく方法で、山を切り崩しながら採石する方法ではありません。淵の天辺から下を見下ろしたところ、地上から50m程度の下まで掘られた大きな穴に作業が数十人働いていました。危険性極まりない現場に見えました。
  真っ白な御影石の層が何層にもなり、折り重なっていましたが、採石の方法が一定の方法でなく、ここにもある、ここにもあるのような不安定な採石の仕方に見えました。山の案内人は、「この山の下にまだ7人が埋まっているんだ」と言った。私は思わず息を呑んだが、言葉が出なかった。中国経済発展の裏に一体何人の人命が失われているのか。数え切れないだろう、私たちはそのような人の犠牲の上で生活ができるのだと、感謝の気持ちが沸き上がった瞬間の厦門の思い出である。
                                           アメリカ.中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2014年8月4日月曜日

2014年までの中国(厦門の顔秋梅女史)・・・143

2014.8.4月 快晴 午前6:30
  私は厦門の顔秋梅女史の叔父の経営する石材会社から、15年以上にわたり石材を輸入しています。彼女はその会社の輸出担当で、夫は証券会社で働いています。年のころは40歳前後ですが、正に日本の良妻賢母を地で行ったような女性です。昼間は諸外国相手に電話やメール等で営業をし、夕方になると夫と子の家庭の下にせせっと帰ります。私が厦門に行くと、この女性は私に石の説明や運転士又は食事のお世話をしてくれます。海の見える粗末な食堂で接待を受けるのですが、どこの店に行っても、彼女の顔が広いことが分かります。自分から店の厨房に入り、日本人の私の舌に合うように調理を指導してしまいます。彼女は一切の酒を口にいませんが、私が飲んでいる間は同席をしてくれます。しかし、私は夜の探訪は一人歩きが好きなので、早めに彼女に帰ってもらいたく、うずうずしていると気をきかして帰ります。翌朝、会社で顔を合わせると母親の
ような顔つきをして、昨夜の夜遊びをたしなめるような目つきをします。私はこの瞬間、目をそらし
直ちに仕事の話に入ります。彼女も仕事の話に没頭します。このような爽やかな人がいる厦門は、
私の冒険的人生で出会う清流水のようなものですが、既に彼女に出会ってから、16年程経ちました。
   明日は石材採掘現場を記します。
                                        アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2014年8月3日日曜日

2014年までの中国(コロンス島の奥深くへ)・・・142

2014.8.3日 快晴 午前6:00
    コロンス島の巨岩の上に立って超望を楽しんだ後は更に奥に上るだけです。曲がりくねった坂を
上っていく途中にいくつも豪邸がある。何でも大変立身出世したひとたちの家とのこと。確かに豪邸のようですから、幾つかの豪邸の中を覗き込んでみましたところ、ヨーロッパ式の立派なベランダや
庭が見えました。更に奥に進むと今度は下り坂になってきました。どうやらコロンスは、本当に小島
と思えました。それは西側の海が断崖の間から見え隠れしています。坂道を東方に歩いていくと
立派な鄭成功記念館にぶつかりました。思わず友人に会ったような気分になり、心も体も軽くなって、会館の入り口から中に入りました。そこで分かったのは、鄭成功の父は中国人で母は日本長崎の平戸藩の武家の娘であったことや、南京で高学歴の教育を受けた後は、明時代の末期に復明運動を有名な朱舜水等と連携して抗清活動をしたことや、台湾をオランダ軍から解放したこと等が、具体的に分かりました。日本、長崎、東シナ海、南シナ海、厦門島、コロンス島を結ぶ壮大な
海のロマンが、私の頭の中に連想しました。青空、碧海、輝く太陽、折り返す白波、白砂、椰子の木、断崖の岸等の大好きな光景を思い出しながらコロンス島を後にしたのは、夕日が西に沈み、
月が満天に輝きだした時分でした。明日は厦門の石材会社の顔氏と発掘の石山を見学したことを
記します。
                                                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2014年8月1日金曜日

2014年までの中国(鄭成功のコロンス島)・・・141

2014.8.1 金  午前 6:20
    昨夜は水戸市の大工町で遊んだ。真夏の暑い朝だが、早く帰ったので普通に起きられた。
さて、今日は中国福建省アモイのコロンス島の思い出を記します。 この島はアモイの海岸から
僅か数百メートルにある小さな島である。明末清初の時代に活躍した明政権の再興運動をした鄭成功(日本人の母)が一時的に本拠地とした場所である。やがて鄭成功は北伐のために、揚子江を上り、南京攻略をしかけたが、失敗して帰りがけに、台湾のオランダ人を駆逐したこと等の拠点となった島です。
    島にはフェリーでいきますが、島には車が一切ありませんから、すべて徒歩で歩きます。徒歩で島内を歩くことによって、島内の名所旧跡を見ることができます。上陸後は真っ直ぐに連なるお土産屋を抜けると、左側に白砂の海岸と高級ホテルが目に入ります。季節時には海水浴客で賑わい
ます。私も泳いだことがありますが、日本の海水独特のピりとくる感触はありませんでした。ドヨーントとした海水でした。左手に海を見てドンドン上っていくと、大きな岩石のあるところにたどり着きます。天から転がってきて、山のてっぺんに止まったような岩石ですが、上り口が付いていて岩石のてっぺんに上れます。どんどん上って石の上に出ると、そこは眺望抜群の場所となります。
南シナ海や中原の世界が前と背中に迫ってくる大陸の場所であり、日本ではお目にかかれない
壮大な景色と言えるでしょう。
    明日は更に島に深く潜入した思い出を記します。
                                             アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝