2014年7月10日木曜日

2014年までの中国(海南島三亜を去る)・・・128

2014.7.10木 台風  午前7:15
   台風が九州に上陸とテレビで放映された時間に記しています。大被害が起きているようです。
さて、三亜でリラックスができたので、名所旧跡の断崖浜にも行きました。断崖の天辺に上り、
遠くの水平線を私は眺めました。青い海原の上空に入道雲が登っています。一方の浜には
観光客が集積しています。観光客の顔を観察すると、ニコニコ平和を楽しんでいます。主に
青年男女たちが多いようです。
  中国の島でこのような平和を楽しんでいる若者を見ました。平和の時代を楽しむ権利は、どの国の人々にもあるでしょう。アジアは平和でなくてはなりません。そのようなことを断崖の上から
海原と水平線を眺めていいる若者を見て、感慨にふけてしまいました。
  三亜からの帰りは、深圳~上海の行程で帰りました。明日は広東広州市を記します。
                                             アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
三亜はフロリダキーウエストの海の色と同じでした


2014年7月8日火曜日

2014年までの中国(海南島の三亜)・・・127

2014.7.8火 晴 午前6:00
  三亜に着いた。ホテルはすぐ見つかった。地元資本か香港と思われるホテルであった。その当時
流行りのリゾートホテルでした。そのホテルは地下に飲食街、フロント以上の階は宴会場とか宿泊場があった。フロントから庭を通り海岸に行ける道があったので、海に出てみた。1月2日なのに
泳いでいる人がいたので、私は海に入り泳いだ。冷たくなく泳げたので海水温は、泳ぐのには
充分であった。海から上がり、ホテルに戻った後に夕食に出かけた。夜の街で食事をしたが、
塩辛く美味しいものは無かった。島にはインドネシア系の音楽が流れていて、南国気分は満喫
できた。日本軍が引いた鉄道があると聞いたが、それには出会えなかった。翌朝、再度海に出てみた。旧日本軍が上陸した場所が観光地になっていた。旧日本軍はアジアのどこの地でも進出
していたが、無謀な戦争と思えた。思うに、人間にとって戦争は残虐な殺し合いだ。今、どこかの
国が戦争を仕掛けたら、その国の指導者が先ず戦争に行ってもらいたい。鉄砲の弾が自分に
向かって飛んで来たら、どんな思いをするだろうか。政治家よ早く目を覚ませ。
                                          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
                                                     東シナ海のある貿易港で政治家と視察

2014年7月7日月曜日

2014年までの中国(海南島の最南端)・・・126

2014.7.7月 雨 午前7:00
  早朝散歩からホテルに戻り、東山温泉を出発をした。やがて、海岸と椰子の木が左に見えてきた。太平洋の海の色はコバルトブルーであり、真っ白な海岸と水平線が特に綺麗であった。
  この海南島は漢族の他に何種類かの種族が住んでいて、農民と漁民を掛け持ちして生活を
営んでいるようです。名所旧跡はどこにでもあり、そこにいれば、そこが名所のようで、とても綺麗
な島でした。どこまでも続く青空と入道雲、目の前の椰子の木とは白砂、緑と汐の匂いがミックス
した南国の匂いが満ち溢れている島です。時折、インドネシア系の音楽がラジオから流れてきます。そのような感覚を全身で受けながら、最南端の三亜を目指して一日中を走りました。
  三亜に午後の明るいうちに尽きました。明日は三亜の事情を掲載します。
                                               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
アメリカ大陸のカリブ海の高級リーゾートホテルにて

2014年7月5日土曜日

2014年までの中国(東山温泉)・・・125

2014.7.5 土  午前5:30
 海南島のほほ中央部に東山温泉というところがある。日本みたいに大浴場があったり、宴会が
ある温泉ではないが、それなりに温泉プールがありました。水着を着てプールに入るわけですが、
温泉というより、水泳などを楽しむプールでした。私も水着を着てプールに入り泳ぎましたが、
日本的にリラックスというわけにいきませんので、泳いで楽しみました。
 寝静まっている朝方に、そーっと村の部落に早朝の散歩にでました。高いヤシの木が部落を囲んで立っています。鶏の鳴き声と小鳥のさえずりを聞きながら細い道を歩みました。大豚に会いながら、更に奥へ歩きました。道は舗装されていませんが、ごみ等は散らかっていない道でした。
 これ以上奥に入ると何があるか分からないので引き返すことにしました。ホテルに戻り、朝食を食べて三亜に向かいました。
             アメリカ・中国馬賊隊・・・照沼重輝

2014年7月4日金曜日

2014年までの中国(海南島海口)・・・124

2014.7.4 金  雨 午前 5:45
   海南島の入口は海口という町である。飛行場があり、上海から飛び立ち、そこに降りた。12月一であったが一気に夏ムードである。入道雲と椰子の木は、南国ムードを盛り上げる。中国は東洋
のハワイと宣伝をしている島である。飛行場にハワイアンが流れていた。こうなると我々の気持ちは高ぶり、海に入りたくなる。泊まったホテルも一流、値段は二流であり、嬉しくなる条件が揃った。
   ホテルでレンタカーを手配し、島の縦断を計画した。海口から三亜までやく300kmの縦断で、
1泊二日でゆっくり縦断するのである。南国気分を全身に受けて、左に海を見てのドライブは悪く
無い旅行となった。翌朝の10時にレンタカーが来た。優しそうな運転士である。先ず先ず一安心して、荷物を車に積んだ。水戸の神成先生夫婦、習志野の庄子社長、現地案内人、それに私の5名の旅が出発した。海口の町を抜けると、直ぐに南国の木が満ち溢れ、まるでジャングルの中に入っていく道路を突っ走った。30分で左に海が見えてきた。次の宿泊地の東山温泉まで一直線に走った。
                   
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・・照沼重輝
 
東シナ海に浮かぶ島の役所

2014年7月2日水曜日

2014年のアメリカ(一先ずアメリカは終わり)・・・123

2014.7.3 水  快晴  午前6:00
  アメリカは一先ず終わりにします。次のアメリカへの旅立ち計画が始まったら記します。さほど
遠くありません。
  さて、今日からは中国に戻りますが、どこの町から書けばよいか迷っています。南の町から記し
ていこうと思っています。行ったことのある町のどこにしようか、尖閣列島や南沙諸島近近くの海南島から思い出すままに記してみようと思います。
  海南島には一度限り訪れたことがあります。北の海口から三亜までミニバンをチャーターし、
商用と周遊を兼ねて訪れました。四方が海に囲まれた島ですが、白砂、紺碧、潮騒、海の匂い、
椰子の木、ギラギラの太陽、砂地の上に立つ民家、民家周辺の野放しの豚等々を思い出して
います。・・年1月1日の元旦を海口で迎え、同月2日は島の中央部の東山温泉に泊まり、3日は三亜に泊まった。高校恩師の神成先生夫婦と千葉県の建設会社社長の庄子氏とご一緒しました。
 次回は海口の町を出るまでを記します。
                                             アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
                      小職が中国に売っている中華料理食材の最高峰乾しアワビ

2014年7月1日火曜日

2014年のアメリカ(海を越えて大陸へ〉・・・122

2014.7.1火 朝は快晴 午前6:20
 海を越えて大陸に渡るのは心地良い。そこでは何かを見られるか、何かと会えるか、ワクワクする気持ちがやたらと彷彿してくる。大陸に上陸し、大地に足を出した瞬間に、私の精神力は強靭に
なる。大地を拝み、青空を見上げ、スーツケースを引っ張り、レンタカー会社に向かう。何の心配
も無く、さわやかの気持ちで、ゆったりと歩く。目標のレンタカーを手に入れる。キーを預かり、
車庫に向かい、2週間ほどの相棒と出会う。軽く会釈をして、ドアを開けて、キーを差し込む。
キーをひねる。ブルールーンと快音が響き、車体が軽く震える。レンタカーが「待っていたよ」と
言ってるみたいに、運転席の座り心地が良い。駐車場の屋根の下から、青空の下に出ると。
遠くにマンハッタンのビル群が見える。これがニューヨークJFKケネデイ空港を出る瞬間である。
いつもアメリカの旅は、サンフランシスコ、ダラス等の各地の空港から、このように出発してきた。このような旅の回数は8回になった。また行くぞ、気合が充実したら。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・・照沼重輝
サンフランシスコの華僑の友人とスタンフォード大学での写真