2019年12月28日土曜日

照沼重輝のアメリカ大陸彷徨記(合間に記す)・・・16

2019.12.28土 快晴 午前11:35 (続けて記す)
 日本人にとってテキサスは憧れの地だ。何故かというと、昔見た西部劇で良く出て
来た州の名前である。カウボーイ、テキサスブロンコ、ビリーザキッド等は懐かしい言葉である。2019.12.31にこのブログのアメリカ編を終わりにしたく、無理して
記しています。2020年1月1日は中国大陸を20編で記します。どうぞよろしく
お願いいたします。
    2019.12.28 水戸市のマイオフィスにて。 
        アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年10月12日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(古今東西の高齢者)・・・14

2017.10.12木 天気不明 午前6:20
 ダラス発11:25、成田着翌日15:15JAL便に乗るために早く起きて
ブログを記しています。昨日は最後の日ということで、ゴルフをしました。一人
でクラブハウスに行きました。受付係りで受付をしたら、3人組に混ざれと言われ
たので、白人三人組とスタートをしました。自己紹介が終わり、年齢順に打ち、二
人乗りのカートでコースに出ました。全員が180cm以上の大男で、俺のドライ
バーより先に50ヤード以上飛ばす人ばかり。俺は何時ものリズムを壊さないよう
にゆっくり振り上げて打つ。大男のAは76歳、次のBは72歳、次の韓国系アメ
リカ人は70歳と自分の年を披露するので、俺69歳と言ったら、お前は若いと
褒められ、気を良くしてのスタートです。
 最初のコースでは、彼らから見れば俺という異人が混入したので、結構スコアを
乱しているようでした。年齢から見れは相当なゴルフキャリアがあるようだが、
一人一人の打ち方を観察すると、我々日本人と同じように年による体の柔軟性が
少なくなっているような打ち方をしていました。それでも、気持ちだけは若者の
ように、仲間同士ではしゃいでプレーをしています。そこで、最近の俺ははしゃぐ
事を忘れてしまっていた事を思い出しました。そうだ、はしゃぐは燥ぐと漢字で
書くようですが、今後の人生に燥ぐを大いに取り入れようと思いました。それは
決して間違いでないと思います。
         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
               

2017年10月10日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(超早朝)・・・13

2017.10.10火 TX曇 午前8:00
 爽やかな秋の風が窓の隙間を通じて聞こえてる。はてここは日本かアメリカのどこ
だったけか?といような感じでモーテルのベッドで目を覚ました。アイホンを取り出
し、時間を確認すると、日本時間で10日の午後9:20でテキサス時間だと10日
の午前7:20である。アメリカにいるお蔭で時間を得しているような気分はまんざ
らではないが、日本に戻る時に得した時間は差引されて、一体何だったのかとなる。
 窓の外を見ると、大木の木々の葉が忙しく揺れている。思わず一寸だけ窓を開けて
外の空気を地球からごちそうになる。地球の大陸の秋の匂いが窓から一杯音もなく
押し寄せて来る。日本の秋の匂いとアメリカテキサスの秋の匂いの違いを区別したく
なり、更に窓を全開して空気の匂いを確認してみた。嗅覚の鈍い俺の鼻でも、その
違いを感じ得るのである。日本の秋の空気の匂いは、紅葉を迎える寂しい葉の吐息
であり、テキサスの秋の空気の匂いは、針葉樹が多いせいか、単に乾燥した空気の
匂いのよう感じた。ついでに、クリスマスを迎える収穫期の楽しい秋の匂いである。
寂しい気分の秋と楽しい気分の秋に区別できた。経済面で考えれば、秋の日本人は暮
れに向かい節約気分、アメリカ人は秋の収穫で消費気分が高揚するのでないかと思え
る。この季節はニューヨーク、ペンシルバニア、テキサスの何処の店も飾り付けをし
ていた。正に買い物客の消費気分を高揚させるためなのだろうと思った。
 話は替わり、日本では選挙が始まったようだ。俺も日本にいたら選挙運動員に
加担させられていたはずである。この時期にアメリカ出張に入ったというのは、何て
幸運と考えている。俺は数々の選挙運動に参加してきたが、天の神様が一寸休めよと
休暇をくれたと考え、大いに休もうと思っている。朝起きた時にその日の予定を決め
る、このような行動は日本ではできないから、大いにテキサスで味わってやろうと
思う。一向に太陽が出ないテキサスのダラスの衛生都市のマッキニーという郡部で
朝を迎えています。
 最後の話、ガソリンは1L100円程度、朝食マックはコーヒ付き420円、モー
テル費用は1泊7,000~10,000円(パンコーヒだけの朝食有り)、レンタ
カーは契約次第で1日6,000円程度、但し、レストランで食事をしたら一食が5,000~10,000円になってしまいます。そこで食い放題(ブッフェと言う)の
4,000円の店は便利です。寿司類、刺身類、中華類、ステーキ類、スイーツ類、
日本の綿アメまであります。残念ながら、アルコール類は法により一切無し、俺は
密かに持ち込んで一杯やる方法を開拓したので、その方法で悠々と一杯やっています。
皆さんがアメリカに行く時は教えますからご連絡を下さい。調子が良いのか長くなっ
てしまいました。事務所の皆さん、ありがとうね。
           アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝


照沼重輝のアメリカ彷徨記(超早朝)・・・12

2017.10.9日 NY雨TX快晴 午後1:40
 起床午前3:30、朝風呂午前4:00、ホテル精算午前4:30、忘れ物で部屋
に戻る午前4:40、ホテル出発午前5:00雨の中をラガデイア空港へ向かう、
老眼に厳しい雨と暗闇を最大の警戒心で運転、後ろから何度も警笛音を聞く、、午前
5:15ハーツレンタカー空港事務所に辿り着く、係員の的確な返却指示無し、午前5
:20辛うじてハーツのシャトルバスで空港シャトルバスの集合乗り合い所に着く、
午前5:30乗り合い所でC口を尋ねて乗る、ミス発生大汗と血圧上昇、空港を半周
後に、午前5:50C口でないB口にバスを乗り換え完了、雨激し、午前6:05B
口に降り、早口で係員にアメリカンエアラインは?、指を指され、その入り口に入る。
午前6:10又もや難所、最近の空港は自動搭乗券の発券機による発券、英語・スペ
イン語・アラビア語・フランス語・日本語等は可能な発券機である、日本語を選んで
発券手続きに入るが上手くいかない、スーと後ろから手が伸び、助けてくれる人が現
れる、その神々しく見えた女性は、AAの係員であった、発券機の後で観察をしてい
て、上手くいかない人の場合は手助けをしている、俺が年寄りに見えたか、英語が無
理に見えたか、初めての飛行機
の搭乗に見えたか、夢遊病でNYに来たように見えたか、後で機内で考えたが不明。
午前6:20身体検査機に向かい、両手を上げてX線で透視を受けたが、手荷物に
異物が入っていたのか、カバンを逆さにされて放免された、水が入っていた、謝罪し
た。最近の検査は時間がかかるが、当たり前で事故が無ければ、いくら時間がかかっ
ても構わない心境である。
 ここまでで相当時間を使い、疲れはてて、ヨロヨロとゲート5番前に立てたのは、
離陸時間の午前7:00の5分前であった。大柄の黒人係員が急いでとか何とか言
っていたが、俺はお構いなし、俺だって急いだが、途中に二回のミスのお蔭でこの
時間になってしまったのである。「勘弁しろよ」と心の中で小声以下で叫ぶだけで
機内に入った。
 大型スチュアーデス2名、中型スチューアデス1名、小型90kgクラスのスチ
ューアデス1名が離陸前の注意をしている最中であった。俺だって、搭乗に送れる
のは、最低のマナーだと思っているよ、というような仕草で少々ペコペコしながら
席に着いた。
 ラガーデイア空港は、イースト川を西に抱いた国内専用空港である。午前7:0
0の空港は雨に煙り、しっとりとした様相で離陸機を送りだそうとしていた。俺は
真中の席から、朝を迎えようとしているニューヨークの遠い高層ビル群とまだ消え
ていないネオンを眺めているうちに眠ってしまった。
 本日の反省、①前夜に確かな予定を立てる、②前夜のうちにトランクは詰めて
おく、③忘れ物を防ぐには目に見える場所に置く、④知らない土地は2倍の時間を
準備、⑤体調維持は平日のリズムを維持、
          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
              昨夜のNY下町のホテルの窓から
ダラス空港に着いて一安心・郁氏の車から写す


2017年10月9日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(NY戻り)・・・11

2017.10.8日 快晴 午後8:35
 ペンステートを午前10時に出た。数々の高速を乗りつぎ、午後5時頃にNYに
着いた。NYマンハッタンのホテル料金は、田舎者の俺には似つかわしくないので、
クイーンズのポイントというホテルをとった。四つ星で出来たばかりで安くなって
いた。マンハッタンならば約600ドルするが、クインーズのこのホテルは120
ドルで泊まれた。ラッキー値段で泊まれたので、奮発して夕食に45ドルを使った。
寿司、中華、西洋料理のバイキング店であるが、難題は酒を売っていない店である。
俺は左のポッケトにウイスキーの飲み残しの瓶、右手にビニール袋に入ったビールの
小瓶を二瓶持ってその店に入った。知らんふりして飲んでやろうと思ったからである。
万が一、ばれたらジャパニーズスタイルと言って許可を貰おうと思って入った。
 そのブッフェにいる客は、80%以上が肥えている人である。白人黒人中国人等
の客は、全員が腹が出ている。俺なんか中肉になり、何となく自制心があるように見
える。料理は中級以上であり、酒が欲しくなる料理である。たまらず、恥も外聞もな
く、ビールをビニール袋から出して飲んでしまった俺。次に、冷たい水を貰い、その
コップの中にウイスキーを降り注いだ。但し、ウイスキー瓶の残量は、水割り一杯分
くらいであったので、俺は一寸残念な気分でウイスキー瓶をカラにした。食べるのと
店の客を観察するのに忙しかったが、しばらくぶりで飽食をした。明日が午前3時半
に起きて、国内専用空港のラガデイア空港を目指す。午前7時のフライトでダラスに
は午前10時着である。ダラスには三日ほどいて、ウオターゴルフの見学と産業品
の発掘を目指す予定である。
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
                  IN99を北上中
ジョージワシントン橋、マンハッタンに入り口


2017年10月8日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(食べ物)・・・10

2017.10.8土 快晴 午後8:56
 アメリカの食べ物は何一つ美味くない。日本人誰もの実感のようだ。食べ物鈍感
の俺もそう感じている。ダラスでは毎日二食しか食べない、ニューヨークでは
一食半、ペンシルバニアでは毎日二食+ソフトクリームだけである。それで痩せるか
というとそうでもない。アメリカ食は味より量だからである。今週の一週間は時差
ボケでひどい目にあったが、ウオターゴルフの資料収集は終えた。後は日本でのPR
活動をどうするかである。輸入商品は今一であり、今も発掘中であるが、明日は
ペンシルバニア州からニュージャージ州を抜けて、ニューヨーク州に到達する行程
であるから、その途中で何かに遭遇したい。
 ダラスに入ってから一週間が経ったが、何一つ美味いものは食べていないのである。
しかし、不思議にアメリカにいると、美味いものは食べたくなくない。なぜだろう、
いつも俺はそのことを考えているが、確固たる答えは出てこないのである。多分に、
アメリカでカツオの刺身や、鮪寿司と河童巻きが食べたいと思っても町の中にいなけ
れば店に行けないし、町に出るまでに数百キロ等と考えたら、諦めの境地に落いる
だけとなる。因って、無いものねだりをしても、いらいらするのは自分となるだけ
となり、正に無いものねだりは馬鹿みるだけと分かりました。
 明日は6時間をかけてニューヨーククイーンズ地区に戻ります。
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
写真が掲載できません、電波不調、

2017年10月7日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(今日も徘徊)・・・9

2017.10.7土 曇天 午前8:20
 車の走る音さえ聞こえない町にいる。モーテル費用1泊7,000円程度の町である。
アメリカはモーテルの料金で町の加速度がわかるのである。この町はペンシルバニア州
ハリスバーグ市(州都)から西へ約300km離れたペンステート市という農産品が多
く算出される地域である。山の頂上付近の高原地であるから、酪農、トウモロコシ、
ジャガイモ等の農産品が算出され、特にハーシ―チョコレートは全米第一の生産を
誇るメーカーである。チョコレートの輸入は面白くないので、その工場には行かない。
俺の狙っているのは、新種の商品であり、日本でヒットするであろうとの希望観測が
出来るものを発掘したいのである。だから、今日も出かけるだけである。
 今日はアメリカ雑感を追加で記したい。先ず、アメリカ御婦人方の団体旅行バスの
乗客とモーテルの朝食場でご一緒した時の話である。凡そ、日本もアメリカも女性が
集まると賑やかである。ワイワイ・ガヤガヤ・キャキャ・時折女性リーダーの大声、
一瞬に静まるワイワイガヤガヤ、数秒の後にまた同じ状況が起こる。俺は暇だから
ジーッとその繰り返しを聞いていた。その中かから、アメリカ御婦人が日頃の夫から
の縛りや子供からの縛りから解放された、自由の満喫感を味わっている場面である。
その満足感の輪の周囲で朝食(ゆでたまご・トースト・オレンジジュース類
の質素なアメリカ的朝食)を食べていた俺は、ラッキー場面に遭遇できたと思い、
密かに喜んだ。兎に角、多数の笑顔の中で食事ができたことを大いに喜べきであると
の発見をしたのである。人は笑顔が大事だ、笑顔は全てに幸運をもたらす入り口の
信号だと思った。これからの俺は出来るだけ笑顔を求めて、その笑顔集団の中心か
周囲で活動をすべきだと考えた。これが俺の今日のアメリカ雑感でした。
        アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
マンハッタン島を繋ぐトンネルの中で運転中に撮影した


照沼重輝のアメリカ彷徨記(獲物探し)・・・8

2017.10.7金 曇天雨 午後5:52
 ペンシルバニアの農業地帯の中を走っている。目的は純朴農家地帯を探すことであり、
輸入農業品も探せないかと彷徨っている。農業地帯と言っても、日本の中都市規模の
町があちらこちらに出没する。この一帯は、ヨーロッパのドイツやその週辺の移民が
多いらしく、生真面目アメリカ人を輩出している地域でないかとも思える。ご婦人方に
通路やドアを開けてやると、エクスキューミー、サンキューと言葉を発し、先に入った
り、通路を先に進むのである。ハリスバーグ市から約400km西に進むと、タイト
ロンという町が農業村のようであったので、週間高速道99号線を下りた。ホーム
デポジットという大型生活用品を売っている店を覗いた。フェンス張り工事の杭打ち
機がアメリカでは、いくらするかを見るためである。その他に生活用具で輸入有望品が
発見できるかの目的もあった。とにかく広い店内を二周したが、杭打機は売っていない
ので土産品と輸入有望品を探した。天井も店員も見上げるような高さを持ち、俺を見る
たびに、何を探していますかと問われるから、俺はサンキューだけ言ってその店を
徘徊するのである。結局、何も目的は達成できずに、次の店に向かう。
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝


 

2017年10月6日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(資料収集)・・・8

2017.10.6金 曇天 午前9:45
 ペンシルバニア州ハリスバーグ市のウオターゴルフ場に二日続けて行った。ゲーム
も二日続けてやった。夜はハリスバーグに泊まるとホテル代が高くつくので、30k
m離れた田舎町を泊まり歩いた。前々日はハリスバーグから20km手前の町であっ
た。次の町は一寸有名なランカスター市に泊まった。そのランカスターで不思議な
宗教団体に出会った。その宗教団体はアメッシュとかいうドイツ系の民族である。
全ての近代用具を否定し、生活に必要なものは全て手作りで間に合わせる。例えば、
乗り物は馬車だけしか使用しないのである。その町の経営する宿泊所に偶然に泊まっ
てしまい、様々な不思議な目に会えた。貴重な経験であり、彷徨うから出会える
貴重な経験となった。その話は、別な機会に掲載します。
 さて、二日間のウォターゴルフの取材について記します。ゴルフ場の全体のデザイ
ン、各ホールの構築の仕方、スリリングなコースの特徴、庭園形式を重んじた造り、
女子子供が経験が無くとも遊べる気楽さ、本物ゴルフの経験が無くても老齢者が遊べ
る手短さ、その他もろもろの気安さを盛り込んだゲームとなっています。クラブハウ
スは、屋外での簡単な食事、屋外喫茶店等の利便性をもって作られています。無論
一般の通行客も利用できるようになっています。ゴルフについては写真を載せながら
その都度に説明していきます。
 ここペンシルバニアは工業と農業が同居している町でもあり、輸入できる何かを
発見できるのでないかと今日も彷徨いますが、取りあえず時間なく終わります。時間
でモーテルを出なくてはなりません。年のため、やっと時差ボケが終わりました。笑
         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
平凡なコース
トリッキーなコース
1Hに向かう、作戦は無しの日本軍精神で!



2017年10月4日水曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(西へ)・・・7

2017.10.4水 天気不明 午前5:00 寝られないままに記す
 すっかりブログが出来上がったと思えたら、キー操作のミスで一瞬にして画面が
消えた。気を持ち直しては書けないが、下記の事だけをやっと掲載します。
 ニューヨーククインズの安宿を昼に出て、マンハッタンを横切り、ニュージャージ州
に入り、ペンシルバニア州ハリスバーグ市手前20kmの知らない町に泊まっている。
モーテル名は中級モーテルのレッドルーフです。今日は約350kmを走り、途中の
錆びれた炭鉱町で現地人弁当を買い、モーテルの部屋でビールの無い晩酌にやっとあり
つけました。弁当を買った町のメーンストリートの店の半分以上に、貸すとか売るとか
の看板が出ていました。正にゴーストタウン化した町を、腹が空き過ぎた状況で見た
事が印象深かったです。人通りの無い、看板ネオンが無い町に佇んでしまい、近くに
居た犬までが痩せ細っているように見えてしまいました。これがトランプが言って
いた錆びれたベルト地帯だと思われます。政治家が怠けるとこのような地帯が出て
その町にでてきます。政治家の諸兄、ご注意をお願いします。
 この辺で少し眠ります。後に!
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

 

2017年10月2日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(銃器)・・・6

2017.10.2月 天気不明 午前6:44
 深夜に開けたネットでラスベガスで50人以上の殺人があったとの画面を見た。
アメリアテキサスにいると、スーパー等の女性ガードマンも腰に拳銃を下げているし、
一般人が腰に拳銃を下げて買い物をしている光景も良く見かける。日本人は拳銃に触れ
たことのある人は稀中の稀であるが、アメリカでは子供も銃器の練習場に来ているから、
銃器に対しては鈍感なのではないかと思う。しかし、俺はアメリカ滞在中に、発砲音を
聞いたことが無い。運が良いのか、耳が悪いのか、分からないが、運が良いと思って
いるほか無い。それでも俺の警戒心は多少あります。銃声がしたら、テーブルに潜るか
伏せるのを一瞬にできる心構えはしている。拳銃を突き付けられたら、手を挙げて相手
の言うままにするか、逃げるチャンスがあれば逃げる方針である。明日からニューヨー
クとハリスバーグに出かけるが、ラスベガス事件のようなことが起こらないのを祈る。
          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
拳銃を提げたダラス近郊の伊達男

照沼重輝のアメリカ彷徨記(深夜の路上)・・・5

2017.10.2月 空見えず天気不明  現地時間 午前2:33
 昨日は午後7時にベッドに入ってしまったら、午前1:30に目が覚めてしまい、
そのままPCに向かっている。外は静寂そのもの、時折静かなエンジン音を聞くだけ、
窓から深夜の路上を除くと、どなたかの玄関の明かりだけが見えた。アメリカ田舎
のモーテルの周辺は正に、明かりも騒音も無い静かな世界と言える。俺は窓から
覗けないようにカーテンを引き、明かりが漏れないようにして、静かにキーを叩き
始めながら、今日の出来事を思い出している。窓から明かりが漏れないようにする
のは、安全のためにそうしているだけです。深夜強盗に襲われたくないからです。
 さて、今日は午前11時頃に町へ車を飛ばし、スーパーに入ってみた。その目的は
アメリカ社会の消費物価の価格を認識するためである。ここで感じたことは、日本
消費意欲に比べて、アメリカ人の旺盛な購買意欲を感じられました。駐車場が一杯、
カートも一杯山盛り、老若男女問わず満員のスーパーであった。次に、ある目的の
為に小型杭打機を見ようと思ったけど、時差疲れもあり、その量販店まで遠いので
諦めた。この杭打機の見学はニューヨーク周辺又はペンシルバニア周辺で実行しよ
うと考えています。今回はあくまでウオターゴルフの研究ですから。
 早めにモーテルに戻り、明日からの2500km離れた移動の準備を始めた。
カメラ2機、ビデオ1機、携帯に充電の配線をセットし、買ってきた中華弁当
と黒霧島焼酎で一杯やりながら、茫然とテレビを見る。時差の関係で直ぐに睡魔
に襲われて、ベッドに入ってしまい、目が覚めたら午前1時半の頃であった。
ベッドの上で今日のブログは何にしようかと考えたら、深夜の路上写真を撮り、
日本の皆様に見て貰うかと思い、今それを実行しています。都会の中心部で
ない所の田舎の深夜写真も面白いと考え、それを掲載します。
今日は、ダラスからニューヨークラガデイア空港に飛び、レンタカーを借りて
一路ペンシルバニアに行くつもりです。そこでウオターゴルフとスリーマイル
島を見学します。その前に、ニューヨークにいる知人の子供さん夫婦に1分程度
の挨拶に行く予定です。もし、行けなかったら、秘密裡に運んだ新米と素麺を
宅急便で郵送をするつもりです。
          アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
50㎡離れた真向いのどなたかの深夜の玄関を勝手に写す


2017年10月1日日曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(家畜ヤード)・・・4

2017.10.1日 晴かな 現地時間 午前3:24 時差ズレ
 昨日はダラス近郊の家畜のストックヤードに輸入品を探しに出かけた。俺が泊っ
ているマッキー二ー市から車で2時間ほど西に行ったところである。古き西部開拓
時代の町を再現している観光地である。この町では革製品を狙っているが、果たし
て閃きを感じる商品と出会えるか、ワクワクしながら行った。
 アメリカトヨタの本社前を西に向けて走る。高速の放射線が幾重にも東西南北に
延びている効率的な道路を見ながら進んだ。二時間後にその町に着き、駐車場に
車を入れ、10ドルを白人の大男に払った。駐車場はメーンストリートに面し、
そのまま数多の観光客に混じって進んだ。家畜運搬用の線路を跨いだり、ピスト
ルとナイフを腰に挟んだカウボーイに出くわしたりしながら、先ずは腹ごしらえ
とレストンランに急いだ。この町で有名なステーキ屋に入り、ランチメニューの
ステーキを注文する。値段は10ドルと安かったので、ビールも野菜も注文した。
 西部劇時代のようなステーキを食べたが、その味は日本人向きでなく、感想も
述べる気にならない。ウエートレスが味はどうかと聞いたが、俺は親指を立て
褒めてやったら、その中年ウエートレスは満面に笑顔を浮かべた。もっとはっき
り感想を言うべきかの反省を残し店を出た。
 昔のアメリカの西部開拓史時代の土産品屋に入り、面白そうな土産を80
ドルほど買うが輸入品にはならない物ばかりである。若者の遊び部屋等に飾るに
は相応しいが、一般消費者には一寸適しないと思えた。メーンストリートの
土産品店を次々と覗くが、輸入品に相応しいものは発見できなかった。それでは
ここに来た意味が無くなるので、アメリカ人観光者の消費心理を研究してやろう
と思い、観光客の後からついて行き、先ずはどの売り場に向かうかを探ったり
もした。
 突然、西部開拓時代の機関車と客車が汽笛を鳴らしながらこちらに向かってき
た。乗ってみよう思い、切符売り場を探したら、既に切符は売り切れて席が無い
と言われたので諦めて眺めるだけで終わってしまった。街頭で昔のウエスタン
音楽を奏でる三人組を立ち止まって聞くも、そこに長く立ち止まる欲求は
起きなかったので、早めに駐車場に戻ることにした。この町の滞在時間は
4時間程度になった。
 どうしても今回の旅の俺の目的は、ウオターゴルフにあるから、その他の掘り
出し物には目がいかないのかなと、年と共に感性が貧乏になったことを感じ、
淋しくなってしまった。早く、ペンシルバニア州ハリスバーグに行き、強い希望感
で心を充たしたくなってしまった。
       アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
                 家畜用専用貨物線

2017年9月30日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(JPブロンコ)・・・3 

2017.9.30土 暗闇で見えない空 現地時間午前5:36 全くの静寂感
 昨夜はテキサス料理コースを夕食にご馳走された。厚い牛肉、玉ねぎのぶつ切り、
生野菜、トマト、酒は日本から持っていった焼酎、現地の何とかブラックビールだ
けである。荒々しいテキサス料理であるが、中国華僑の心からのもてなし感を味わ
れた。郁氏一族の先祖には、輝かしい中国革命の烈士がいる。その郁一族には、
アメリカ在住の従兄連が多くいて、ハーバード大学の先生や薬剤会社の幹部等が
いる。俺の東海村の人脈に比べたら、木登りと穴掘りくらいの差があるが、その
ようなことは、全く気にしなくて良いもてなし方をされるから、俺は嬉しいのだ。
 さて、今日は古いカーボーイ時代の牛やその他の集積地に行くが、その目的は
日本に輸入できる現地産品の発掘である。郁氏の車でそこに行くことになるが、
何かを発見できるだろう程度の心の準備しかない。いつも大陸を彷徨う時は、
その程度の心の準備で大丈夫である。日本みたいに、緻密な事前資料などは
有りやしないのである。もしその準備をしても、その事前資料と合致しないのが
中国大陸とアメリカ大陸であった。だからへとへとになり事前資料を揃えても
神経と体力をすり減らしてしまうだけである。その経験から、大陸を彷徨う時は、
緻密な計画などをやらないのが、俺の持論といえるが、親族や友人たちはその
ことを少々非難するが、それでも俺の性格は直らなかった。これでないと大陸
を無傷で渡れない。何しろ30年間の無傷での大陸放浪は、なかなか無いだろう
と、一人でほくそ笑んでしまうのである。今回の旅は始まったばかりであるが、
このブログを通じて、関連する皆様に数多の情報を現地から伝えていきます。
         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
スーパーで売られていた刺身、2,200円、高いね

照沼重輝のアメリカ彷徨記(眠い)・・・2

2017.9.30金 雨 現地時間 
    日本から約12時間を飛んで、ダラスに朝の8時にJAL機は無事着陸をした。
機内では少しだけしか寝られず、難行苦行のような感じの出張であるが、アメリカ
大陸を拝んだら少し元気が出てきた。ダラスはアメリカトヨタの本社がカルフォル
ニアから移転をしたきたのでアジア人がぐっと増えたようである。日本食店があち
こちに増えていた。ここダラスの特徴は、住んでいる人はドイツ系の白人が多く、
黒人は少ないようである。今のアメリカを代表する大企業の本社が多数あり、そ
こで働くインド人は多い。コンピュウーター系の技術者は、圧倒的にインド人が
多いのにはびっくりした。華僑の郁遜氏と昼に合流し、今夜は彼の邸宅でご馳走を
いただく手はずになっている。今夜の宿は未だ決まっていないが、どうにかなるはず
である。今迄のアメリカ滞在では、宿が無く野宿が1回、同じ前提で車中泊が2回、
全然眠らずの運転が一回だけであるから、アメリカ滞在は全て、見事にどうにかな
っている。今回はウオターゴルフをペンシルバニア州から日本に導入する交渉が
目的であるから、今からその作戦を明日朝までに、単独で決めるのである。
 今夜は晩酌を控え、明日は颯爽とビジネス相手と対峙しようと思っています.
さようなら!気が向いたら再度のブログを載せます。
       アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
この入り口からダラスに飛んだ
ダラス空港の国際玄関は空いていた




2017年9月28日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(ウオターゴルフの輸入旅)・・・1

2017.9.18日木 雨 午後14:52 明日の今は機上
 明日は新しいミニゴルフ獲得の旅に出ます。行先は日本➡ダラス➡ニューヨーク
➡ハリスバ―グ➡ニューヨーク➡ダラス➡日本です。目的はウオターゴルフの研究
と輸入商談です。行く先々のアメリカの景色や人々の心の中を観察して、このブログ
で報告しますから、覗いてみてください。感想もお待ちします。
         アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝
このハーレーでぶっ飛ばそうか?



2017年5月19日金曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(安宿)・・・34

2017.5.19金 快晴 午前7:48 快晴下、早々と事務所で机に向かう
 俺は焦っていた。キーウエストに向かい、無事到着したが宿が高くて躊躇していた。モーテ
ルは日本でいう素泊まりコースであり、夕食や朝食はついていない場合が多い。大きなモー
テルならば、レストランがありそこで食べられる。しかし、60ドルクラスのモーテルだと食事は
ついていない。キーウエストはアメリカでも有名な観光地である。ヘミングウエーの老人と海
の小説の場所でもあり、武器よさらばを書いた地でもあると言われている。全米から観光客
が押し寄せる地なのである。当然、ホテルはどこも高くなっている。俺はさっきからウロウロ
国道1号線を彷徨っていた。いわゆる宿探しである。ヒルトンモーテル、シャーレットモーテル
等の一泊は約200ドル以上である。俺が探しているモーテルは高くても80ドルであり、
そのようなモーテルは男女のモーテルしかないようであった。ウロウロしているうちに100
ドルのモーテルがあった。レッドルーフというモーテルであった。俺は真っ直ぐにそこに車を
入れてチックインをした。朝夕食など一切無し、部屋に入ると何十年も使用されたバスタブが
目に入った。使い古したタオルがぶら下がっていた。引き返そうかと考えたが、こんな時の
ウロウロは一切ご法度である。ウロウロして宿探しをすると、どんどん悪い方に行ってしまう
のである。旅の経験から、最初の宿で我慢したほうが精神的に良い。暫く、ベッドに横たわり、
天井を眺めた、染みの地図が天井に横たわり、小さな虫までいるように見えてきた。ハッと
気が付き、悪い考えは止めることにした。明日はヘミングウエーの家に行こうか、夕日を
長めに行こうか、考えているうちに寝てしまった。次回は夜半に起きるを記します。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝


 

2017年1月23日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(サクラメント)・・・29

2017.1.23月 快晴 午後12:59
 朝方に自宅のPCに向かったら調子悪く掲載できませんでした。マイオフィスのPC
で掲載しようと思っています。
 サクラメントの町に向かう毎に、金曜日の午後だったのでアメリカ人はレジャーにむかう
車で混雑してきた。暫くは見たことのないラッシュである。但し、私たちは東に向かい、ラッシ
ユの車は東に向かうので、ラッシュにはあまり見舞われなかった。東に向かう車は、大部分
がレジャー用の車であり、乗用車は少なかった。ボートを引く車、カーハウスを引く車、珍し
いのは、大型バスが小型ジープをけん引している車であった。日本のレジャーと規模が違う
のである。思うに、日本の所得の数十パーセント増しの収入があるのだろうと思う。日本で
言えば、年収が1000万以上の生活の楽しみをしているのがアメリカと言えると感じた。
徐々に大都市のサクラメントに近づく、カルフォルニア州都のサクラメントですから、大きな
ビルが遠くに浮かんできた。少々道に迷い、Uターンやバックを繰り返し、モーテルを見つけ
た。綺麗で洗練された州都らしいカラフルなモーテルであった。受付をして部屋に入り、夕食
の段取りをして、一先ずホットする。残りの4日をどう過ごすか、あと何日でサンフランシスコ
に着くか等を打合せしていたらゴールデンブリッジの影がチラチラしてきた。映画や夢や、
記念写真で見たゴールデンブリッジである。サクラメントの町はどうでも良くなってしまった
のである。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月21日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(地名)・・・28

2017.1.21土 曇 午前6:44
 丁度車の走行距離が6000マイルを指した。直ぐに降りる出口があり、そこでドキドキ
しながら出口にハンドルを切った。降りた所は高い松の木に被われ、とても町があるよう
なところでは無い景色であった。わけの分からない言語の地名が飛び出すか、それとも
地名などが無いところか、高速上の陸橋を渡り、反対側の所に行った。何やら細長い
地名を指す緑色の表示板が見えた。勇んでその地点に進んだ。あった読める、意味も分
かる。それは「GOLD RUN」と読め、一瞬で意味が分かった。直訳で金が来るであり、
幸運が来るでもあり、良いことが起きるでもある。私は有頂天になってしまった。宝くじ
か万馬券を当てたより、大きなものが当たったと思った。私の今後の人生が豊かになる
はずであると想像した。それに、今後の大陸横断がとても得るものが多く、豊かになると
も思えた。このGOLD RUNに匹敵する反対の言語は沢山あるだろうが、私は余計な
言語は思い出さずに、アメリカ大陸よ、ありがとうと心の中で思い切り叫んだ。私の人生
の今後において、良いことがあればこの大陸の地名を思い出し、感謝をすべきと考えた。
それから5年後に、この地に再度来るチャンスに恵まれた。この地と再会を果たした時に
同じ標識を何度も拝んでしまった。5年の間は健康に恵まれ、金運もそれなりに恵まれ、
破綻せずに生活をしてこられた。アメリカ大陸の大地の神のお蔭と信じています。
 同じ地に二度も立てたことは、アメリカ大陸の地の神様のお蔭と信じています。それか
らは、アメリカ大陸を横断、縦断、太平洋側縦断、大西洋側縦断、V字横断、大陸内地
の彷徨、メキシコ湾岸彷徨、メキシコ国境彷徨、カナダ国境都市彷徨等、10回以上の
アメリカ大陸を彷徨をしたが、大事に至る事故は大陸神のお蔭で起きなかったのである。
私の人生のツキ事にピッチリ付着して離れないでいる大陸神様に深く感謝いたします。
次回はサクラメントの町を記します。

               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月19日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(サクラメントへ)・・・28

2017.1.19木 快晴 5:07
 アムトラックと一寸並列縦走を楽しんだ。IN80号線に戻り、道路の右側は高い山で
左側は谷という景色の中を右に左に走った。閃きがあり、次の目的を掴んだ。それは
60歳を迎えた年に大陸横断を実施しているのであるから、ニューヨークを出てから
車の走行メーターが通算5700マイルになっている。60歳と6000マイルを縁起数字
とし、これから走っているうちに、走行メーターが6000マイルを指したら、次のインター
出口で降りる。そして、その町の名前の意味を解いて、60歳以降の人生の占いをす
る。例えば、その町が幸福に関する意味なら運よく、不幸に関する意味なら運悪くなる
から、その厄払いをする。どちらにしても幸福運が強くなる。このような意味を友人に話
し、了解を得て先に走った。景色と6000マイルを楽しみながら走った。カルフォルニア
州の東側は森林に被われた土地のようであり、西側は太平洋である。そのような景色
の中を2時間ほど走った。走行メーターは6000マイルまで一寸になった。いくつかの
出口が過ぎた。メーターはやがて5999マイルを指した。よし次で降りよう考え、スピード
を緩めにして走った。今でも忘れない景色が見えてきた。青空、モミの木、赤茶色の土、
人家の無い林、右に降りて左の橋を渡り、その小さな町のストリー名を読んだ瞬間に、
やったーと思えた。突然の閃きが最高のものを引きあてたのである。このことは次回に
記します。
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝